「美神蹂躙」
解らない、何故、あの男は私を…。私はあの男が嫌いだった。それなのに、何故…。
でも、貴方は嫌いだと思うほどにはあの人を見ていたのでしょう？
それはそうだが…しかし、何故私を…あのような目に遭わされて、私は何故…。
…まあ、原因は色々考えられますがね。
ただ暴力的に振る舞いたかっただけとか。或いは、強い者を屈服させて、自分の力を再確認したいとか。
あとは…。
あとは？ 他に何がある。私は、一体どうしたのだ…。
少し、ゆっくりとご自分の心を見つめてみるのがいいと思いますよ。
…ソル、何故私を苦しめるのだ…。
〜とあるセラピストとの対話〜…朝か。日の光ってのは、何年経ってもそう変わるもんじゃねえな。 怠い。百五十年も使ってると、いい加減この体も飽きるな。
…あいつがいない。ふん…またか。何もしなくて良いと言ったのによ。
まあいい、もう少し、寝てるか…精々、あいつが帰って来るまでな。帰って来たら、色々と世話焼いてうるせぇし…。コトコト、カタカタ…微かな物音で目覚める。人の動き回る気配がする。
ソルは、不機嫌な顔で起き上がった。尤も、挑戦的な冷笑を浮かべていないときは、大抵そういう顔をしている。
案の定、居間では黒い服を着た男が、まめまめしく動き回って片づけをしていた。
物も言わず、背後からソルはその姿を羽交い締めにした。
「ッ…！」
鍛えられてはいるが、ソルに比べれば随分と細身の体が、腕の中に収まった。
「ソル…ッ！ 何をする、離せ」
長い黒髪が乱れて頬を打つ。構わずに胸元に手を這わせた。首筋に顔を埋めると、はっきり分かるほど腕の中の体が震えた。
決して嫌がっているのではなく、むしろその逆だった。過敏過ぎるのだ。特に耳元から首筋にかけてが弱いのを、ソルは経験から知っている。
「や…やめろ、ソル…そこは…あぁ…」
語尾は言葉にならず、吐息にかき消された。
荒々しくお義理程度に胸を覆っていた服を引き剥がす。布の千切られる、音。
「い、や…だ…っ、ソル…やめて…」
執拗に首筋を舐める。それだけでもう感じているのか、腕にあらん限りの力で縋り付いてきた。声を出すこともできずに、ただ小刻みに体を震わせている。
「あ…はぁ…っ、やっ…あぁ…」
片手を、足の間に這わせる。縋りながらでも立っていられなくなったか、ずるずるとその場にくずおれる。
「テスタメント…」
唇の微かな動きにすら、我慢できないのか、ひくり、と一際大きく身を震わせる。
遠慮もなく、ソルの手はテスタメントの体の中心に辿り着いていた。思った通り、既にそこは熱く脈打ち、硬くなりつつあった。そして、少し指を下げると、露を含んだ花弁が、ぬめぬめと指先を銜え込む。
「あ…、いやだ、ソル…こんな…」
ソルは自分も毛足の長い絨毯の上に腰を落とした。そのまま、膝の上にテスタメントを抱き上げる。背後から抱きすくめたまま、武骨な指が、硬くしこった乳首を弄ぶ。
「あぁっ…ん…！」
体はいつも正直な反応を返す。そう言えば、いつから抵抗してこなくなったのか。
余りに性急に感じすぎる体を持て余しているように、テスタメントの体がかたかたと震えている。体を襲う熱に呑み込まれることを、拒もうとしているようだった。
それは、だが決してソルの愛撫を嫌がってのことではない。ただ、自分一人が翻弄され、何もかもをさらけ出して果ててしまうのを嫌がっているだけのことなのだ。
「いや…ソル、こんな…こんな所で…」
せめて寝室へ行きたい、と思ったテスタメントの哀願も、ソルは無視した。
「喧しい…」
苛立ったように、肩口に歯を立てる。
「あぅっ…！」
大きく体が仰け反り、長い指が絨毯を強く掴んだ。
足を撫でていた手が、テスタメントの着衣を引き破る。元々、体を隠す役には立っていない露出の多い服だ。無意識のうちに彼を誘っているのだろうかと、ソルは疑っていた。まるで、引き裂いて犯して欲しいと思っているようだと。
その想いがあるから、いつもこうして突然襲いかかる。いや、惑わされている。
見かけの荒っぽさとは違い、丹念で執拗なほどの愛撫に、既にテスタメントは散々喘がされている。硬い指が、的確に弱いところを責め立てる。
それでも、僅かに残った羞恥心からか、必死になって唇を噛みしめて、喘ぎ声を殺そうとしているテスタメント。その様を見て、ソルは意地悪げに片頬に笑みを浮かべた。
もっと、乱れ、狂い回らせたい。為す術も無く喘ぎ、腕に縋り付いて泣き叫ぶ様を見たい。もっと、もっと…。
胸の奥からこみ上げてくる、どろどろとした想いに、それでも苦笑するほどの余裕を、ソルはまだ保っていた。それが、彼なりの愛着なのだと、自分でも分かっていたから。
ぐい、と腰を抱き寄せる。二つの体が、これ以上はないほど密着した。
布地越しでも、それの熱を感じたのだろう。身をくねらせ、しどけなく開いていた足を閉じて、テスタメントは逃れようとする。
「…逃げるな」
低い声に呪縛された様に、テスタメントの動きが止まった。
嫌だ…イヤだ…こんな…私が……こんな男に…
そう呟く心の奥で、もう一人の自分が叫んでいるのが、テスタメントには聞こえた。
もっと…私を…深く……愛して…早く…
熱くそそり立つそれを、ソルの手が荒々しく扱き上げる。
「あっ…アァー…ッ！」 不意の激しい快楽に、甲高い悲鳴と共にテスタメントは果てた。自分を犯している男の手の中で。
とろりと滴る雫に濡れた手を、男はわざとテスタメントの前に突き出す。
羞恥に頬を染め、テスタメントは目を背けた。
そんな有様を見て、ソルは満足そうな笑みに口元を歪めた。
そして、蜜の溢れる「彼女」に欲望の楔を突き入れる。
「あぁっ…ん」
切ない喘ぎ。既にそこははしたない程に濡れており、ソルの雄を受け入れるのは苦痛ではなくなっていた。しかし、いきなりの侵入に未発達のそこがきつく締まる。
「女」ではあっても、完全な女ではない。まして、ソルのそれは並以上の太さと硬さを持っているのだ、締めつけられれば身動きが取れない。
「力、抜けって…言ってんだろうが」
「…で、きな…い…いや、アァ…ッ、ソル…」
最早、何を言っても聞けるような状態ではなかった。
ただ、白く滑らかな肌が、欲情に淡く色づき、ソルを誘っていた。
否やはない。いや、ただ無性に引き裂き犯してやりたいと、ソルは思う。救いようがない思いだとは分かってはいても、止めることはできそうにない。
他人に優しくしてやるのは苦手だったし、テスタメント自体、優しくされたいとは思っていないらしい。それなのに、口でイヤだと言う割に、拒んだことは一度もない。
こうして、誰かを犯していると、ソルの脳裏に違う面影が儚く浮かんでくる。
少年らしさの残る、端正な青年の顔。溺れているように見えて、決してソルを受け入れようとはしなかった、その顔。
抱くというよりは、奪うと言った方がいいような、そんな情事を幾度か重ねた。
今となっては、ただそれだけだった関係。結局の所、手軽に性欲の処理をしたかっただけなのだと、ソルは何の罪悪感もなく認めていた。
彼は、完全にソルのものとなってしまったテスタメントとは、まるで正反対だった。
だから、不思議で仕方がないのである。何故、彼はソルを受け入れるのか。気紛れに犯し、用が済めば去っていく、そんな身勝手な男をどうしたら許し、受け入れることができるのだろう。
それでも、テスタメントは彼を拒まず、ソルも彼を抱くのである。
そんなことを思いながら、ソルはテスタメントを犯し続けた。何の律動もなく腰を動かすだけで、テスタメントは切なげに啜り泣く。
テスタメントの切れの長い目尻から涙が零れた。幼い少女のような「女」は、「男」を受け入れるにはかなりの負荷が掛かる。まだ、快楽よりも痛苦が先に立つ。
熱い、痛い、苦しい…
どろどろと渦巻く熱泥に捉えられたように、ギアの心の中で渦巻くのはいつも同じ想いだった。快楽など、どこにもない。自分に被虐趣味が有るわけでは、尚更ない。
それでも、求めている。この一瞬を。おぞましい程の欲を。
「…イク、ぜ？」
「アァッ…ソル…ア、ヒィッ……！」
特有の長く尾を引く掠れた苦鳴が、その答えだった。
そして、二人は共に果てた。
爆発的な痙攣が収束し、一息つくと、ソルは己自身をテスタメントの体内から抜き出した。どろりとした白い精と愛液にまみれた、それ。
つまらなそうにそれに目をやると、先程引き破いたテスタメントの衣服の名残で拭う。
彼の相手は、既に失神していた。
半陰陽という特異な体ではあっても、やはり「男」で在る方が強いテスタメントとのセックスは、ソルが思う以上に体に負担がかかるらしい。その「女」は成熟した女性に比べれば遙かに狭く浅い。激しく突かれると、手もなく気を失ってしまうのだ。
好かれている、らしいとは思う。が、その理由が分からない。それに、自分は彼のことを好いているのだろうか。確かに、常とは違う執着のようなモノを感じてはいるが、それだけかもしれない。
総てが曖昧な思い。それでも、抱く。
気が付けば、いつの間にかソルの足は、この人のいない森に向かうようになっていた。勿論、全くの気紛れだし、何時来るとも出かけるとも言ったことはない。何を命じた覚えもないのに、テスタメントが彼の身の回りの世話をするようになっていた。それ以外、具体的に何をしてやっている訳ではない。そして、徒に情交を重ねる。
それで何故好かれるのか、どこが好きなのか、それは愛なのか。憎しみか。
考えるほどに分からない。思考がぐるぐると回り始め、ソルは無駄な努力を放棄した。
何時までも命をつけ狙われるのをうざったいと思った。手酷い目に合わせ、力の差を思い知らせたら、或いは追ってこなくなるだろうという思いから、戦いに敗れたテスタメントを、当然のように強姦した。
そんなことを幾度も繰り返して、そして、現在はこの有様である。
どこまでやったら、彼は彼を嫌うのだろう。どこまでが許されるのだろう。
或いは嫌われたいのか、どこまで受け入れられるか見極めたいのか、無茶なことばかり考えつく。限りない許しなどあり得ないと分かっていても、どこまで許されるのか、試してみたい。いいや、ヒトでもギアでもない自分を受け入れることができるのか、それをこの男に確かめてみたいのだ、かつて、裏切った相手を。
それが、余計に残酷な行為に結びつく。一層の嗜虐趣味へと煽り立てる。
ソルは、失神しているテスタメントの体を肩に担ぐと、寝室へ向かった。
既に口癖になってしまった言葉を呟きながら。それは、何に対してだったのか。
「…やれやれだぜ」
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