「Ｙ・Ｎ・Ａより愛を込めて・後編」

「あんっ、や・・・」
「そこは…」
二人の仁王はもつれ合ったまま、互いの下肢に手を伸ばし、股間を握り合っていた。
しなやかな手がどのように淫靡な動きをしているのか、毛布に隠されて二人の柳生には見えなかったが、次第に上がる吐息や、うっすらと上気してきた頬などから、大凡の想像はつく。
「に、仁王くん…！」
「何を狼狽えているのですか、落ち着きなさい」
ウットリと二人を眺める柳生と、狼狽する柳生の姿は対照的だ。
「お前も私なら、見たまえ。どうです、仁王くんの可愛さときたら」
「それは…そうですが…。いや、そうではなくてですね…！」
そんな柳生同士の会話など耳に入っていないのだろう。ベッドの上で絡み合う二人の仁王は、長い手足を絡ませて、忙しい息の下から、まだ主導権を取り合っていた。
「んっ…」
「や、そこ…」
自身の体だ、感じる所は分かっている。
互いの首に腕を回し、切なそうに吐息を洩らす。
俺の喘ぐ顔もなかなか色っぽかねぇ、とは二人の仁王の抱いた、偽らざる感想であった。
「あんっ…！」
青銀の髪せる仁王が銀髪の仁王の耳を甘く噛んだ。
思わず感じて声を上げてしまった仁王が、渾身の力を込めて体勢を入れ替え、同じ顔の相手を押さえ付ける。
「なんしよっと、大人しうしんしゃい…！」
股間を握る手を、先程より早く動かすと、今度は下になった仁王がひくひくと躯を痙攣させる。
「あ、やじゃ…！」
自身を組み敷きながら、上に乗った仁王が華やかに笑う。どうだと言わんばかりの自信に満ちた笑顔が、切なく歪んだ。
「あっ…！なっ…」
下になった仁王が片手を伸ばし、上に乗る自身の双丘の間に長い指を滑り込ませる。
「あぁんっ…！」
甘い嬌声は、どちらの口が上げたものなのか。
「あぁ、仁王くん…！」
「落ち着きたまえ、お前も私なら、もっとじっくりと眺めていたらどうです」
ソファーに深く腰掛け、悦に入って二人を見守っていた柳生がそう言うと、今一人の柳生が神経質そうに眼鏡を押し上げながら答えた。
「お前も私なら、止めたらどうです。私の仁王くんが仁王くんに…！」
ふふふ、と座っている柳生が満足そうに笑った。
「えぇ、とても可愛いですね。ふたりともまるで花のような…」
そして、ちらりと互いを見る。申し合わせたように視線を逸らし、溜息を吐いた。
『自分では萌えませんね』
それは、そう言っているようだった。
「やじゃ、もう…！」
「あぁ、んっ…イクッ…！」
そんな柳生の心を知ってか知らずか、二人の仁王の喘ぎ声は更に派手に甘くなっていく。
「仁王くん…！」
紫がかった髪色をした柳生が、寝台に歩み寄った。
「は、離れたまえ。何と破廉恥な…！」
ベッドの上の仁王は、二組の色の違う目線で柳生を見上げた。情欲に濡れ、潤んだ挑発的な視線。
「プリッ」
「ピヨ…」
柳生に答えず、二人の仁王は互いの躯に腕を回し、ぴったりとくっついた。よく似た顔を寄り添わせて、柳生を誘うように見上げる、それは、殺人的に色っぽい姿だった。
「やれやれ…。私の癖に何と無粋な…」
呆れたような溜息を吐いて、ソファーに腰掛けていた柳生も立ち上がった。
「ふふ…まさか仁王くん、自分で自分に入れる訳にもいかないでしょう？」
優しく髪を撫でてやる、それは、青銀の髪の仁王だった。
「あ、柳生…でも俺のじゃない…」
翡翠のような目を上げ、仁王は栗色の髪をした柳生を見上げた。
「君も可愛いですね」
そっとその額に口づけを落とし、さらりと柳生は着衣を脱ぎ捨てた。
「さぁ、可愛がってあげますよ」
「あ・・・」
仁王は思わず目を逸らした。そこには見慣れた、けれど同じではない柳生の裸体があって、何となく気恥ずかしさを覚えたのだった。
「可愛いですね、本当に…。羞じらう姿も」
ドサッ、ギシッとベッドが揺れた。
「私の仁王くんに何をするのですか…！」
押しとどめようとした柳生を、銀の髪した仁王が制した。
「あれがお前さんなら俺も俺じゃ。なぁ…して」
ちらりと薄い唇を舐める、その舌先の赤さに、柳生の胸は不覚にもドキリとした。いや、髪の色は違えど、それは紛れもない「仁王」であるのだから当然だった。
金色の猫のような瞳が誘うように揺れていた。
「あの…でも、仁王くん…」
思わず動きが止まってしまった柳生の反応に、仁王は小さくクスッと笑った。
「お前さん、随分と変わった髪色ばしよるね。地毛か？」
「当たり前です」
生真面目な答え。仁王は、自分に惚れている柳生とはえらい違いだとまた笑った。
「ふ〜ん…」
にやりと悪戯っぽく仁王は笑った。何かを思いついた顔だった。
「なら、こっちはどげんじゃ？」
「わっ・・・！」
仁王の手が柳生のズボンのベルトに掛かった。
「なっ…、何をするんですか…！」
下着ごとズボンを下ろそうとしている仁王に抵抗し、必死に衣服を抑える柳生。
しかし、ある一点の手応えに仁王はニヤリと笑った。
「へぇ…やっぱ興奮しとう？」
視線の先には、熱く下着を押し上げるものの存在。
「あっ…あの、これは…！」
わざと派手に大きな音を立てて、仁王は布地越しにそれに口づけた。
「い、いけませんよ、仁王くん…！」
「なしか？　あっちの俺はしよらんとね？」
挑発的な上目遣いは、蠱惑の色を秘めた金。
「いえ、そんなことは…」
困ったような柳生。何と言ってよいものやら悩んでいる。
「隙有りっ！」
「わっ・・・！」
柳生の手が緩んだ隙に、仁王は一気に柳生のズボンを引きずり下ろした。
窮屈な下着の中から勢いよく飛び出したそれを見て、仁王はまた楽しそうに笑った。
「…やっぱ同じ色じゃのぅ」
「当たり前です…！」
くくく、と仁王は銀の髪を揺らして笑う。彼の知っている柳生とは余りにかけ離れた反応を返す柳生が、面白くて仕方がないのだろう。
「ま、よか」
問答無用、とばかりに仁王は柳生のペニスの先端を口に含んだ。
「あっ…、駄目ですよ、仁王くん」
そう言う言葉と裏腹に、柳生のそれは仁王の口の中で益々力強さを増していく。
申し訳なさそうに柳生が彼の恋人の方に目を向けると、可愛い恋人は自分である他人に、後ろから攻められていた。
「やっ…あん、そこ…っ…」
「ふふ…こんなにヒクヒクしていますよ。もう欲しいんですか？いやらしくて、とても可愛いですね」
囁きかける低い声に抗うように首を横に振る。けれど、その姿も誘うように妖しく。
堅く尖らせた舌先が、仁王の秘所をつついた。はらはらと青銀の髪が散る。
「あ、ふっ…ん、や…柳生が、見てる…」
「えぇ、私も柳生ですよ」
楽しそうな柳生の声。その声に、今一人の柳生は嫉妬を感じた。
「こら、ちゃんと感じとらんとね？」
かり、と軽く亀頭に歯を立てられ、思わず柳生は達しそうなくらい感じてしまった。
「もう…駄目ですよ、仁王くん」
「もう終いか？」
物足りなさそうな仁王の表情。
「・・・君の口を、汚してしまいます」
「俺はよかよ？」
柳生はゆっくりと首を横に振った。
「…嫌です、出すならば、君の中で」
「え…？・・・あっ！」
今までの奥手な様子など嘘のように、紫がかった髪の柳生が、銀の髪の仁王を押し倒した。
「え、ちょっと…！」
「もう、待てません、仁王くん」
柳生は仁王の両足を肩に担ぎ上げた。
「あっ、いや…、あぁっ…！」
その悲鳴じみた嬌声は、どちらの仁王の口が上げたものだろう。
一人は後ろから、一人は前から柳生に貫かれ、揺さぶられている。
「ああっ…や、そこ…！」
「ひろ…、やっ…もう…！」
快楽に悲鳴を上げる、二人の仁王の視線が絡み合った。
どちらからともなく吸い寄せられるように、二人の仁王は唇を合わせていた。
「あっ…！」
「これは・・・！」
その瞬間、四人の口からそのような声が上がった。
ただのセックスの快楽とは違う、躯を走り抜ける未知の衝撃が電流のように四人の躯を貫いたのだ。
「あぁっ、ひろ、イクッ…！」
「仁王くん…！」
目眩く恍惚とした快感に流され、四人はほぼ同時に絶頂に達した。

心地よい放心状態に身を任せていたのは、どれくらいの時間だったのか。もぞり、と下になっていた仁王が身じろぎする。
「あぁ、重いですか、すみません」
「ん…。そげに良かったと？」
満足そうに目を細めて銀の髪の仁王が笑う。くしゃり、と紫がかった柔らかな髪を撫でてやった。
その一方。
「重い、どけ」
「もう少し、君の温もりを感じていたいのですよ」
背後から抱き締めてくる柳生の手が、ゆるゆると青銀の髪の仁王の薄い胸板を這った。
「俺はこれから風呂入るんじゃ…！」
「あ、俺も行くとよ」
躯を起こしながら銀髪の仁王が同意する。
「では私も…」
栗色の髪の柳生がそう言いかけると、それぞれ柳生の下から脱出した仁王が、また最前のように互いの躯に腕を回して言った。
「イヤじゃ」
「プリッ」
まるで双子のような−いや、双子以上の自分自身との抱擁は、酷く背徳的な香りがした。
同じでありながら同じでない、端整な仁王の顔。滑らかな頬を寄せ合う様を何と喩えればいいのか、二人の優等生にも思いつかなかった。
「しかし仁王くん…」
反論しようとした柳生からぷい、と顔を背ける二人。
「やじゃ、俺は俺と風呂に入るんじゃ」
「第一、四人でなんか入ったら、狭くて敵わん」
そう言うと、奇妙な髪色をした柳生が、栗色の髪の柳生を押しとどめた。
「そうですよ、恥を知りたまえ、私」
「煩いですよ、私」
二人の柳生が言い合っている隙に、二人の仁王はさっさとバスルームに消えた。
「私の仁王くんに何ということをしてくれたのですか…！」
と紫っぽい髪を持つ柳生が言えば。
「お前こそ、私の可愛い仁王くんの中に出したではありませんか」
と栗色の髪の柳生が言い返す。
二人の詐欺師と違い、二人の紳士はどうも仲が良くないようだった。
「しかしですね、・・・！」
何か言い返そうとした柳生が息を呑んだ。
不審に思った今一人の柳生が振り返ると。
「…これは、マジックミラー、ですか…」
その壁は、今まで気付かなかったが一面マジックミラーになっているらしく、明かりを付けたお陰でバスルームの中がはっきりと見えていた。
勿論、中にいる二人の仁王はそんなこと知りもしない。
二人で背中を流し合ったり、ふざけて水を掛け合ったりしている。とは言う物の、手でパチャパチャなどという可愛らしいものではない。片方が洗面器一杯の湯を掛ければ、もう片方は頭からシャワーを浴びせるというような状態だ。
それでも二人は楽しいらしく、微かに笑い声が響いてくる。
「本当に…何と愛らしい…」
「仁王くんが二人…。こんな幸せな事があっていいのでしょうか」
うっとりと、今度こそは二人で、柳生はバスルームの中を観察していた。
やがて。
二人の仁王が背中合わせになった。何をするのかと不思議に思ったが、すぐにその謎は解けた。
『あっ…ん・・・』
片膝をついた、美しいシンメトリー。
仁王はそれぞれの下肢に手を伸ばして、内部の柳生の残滓を掻き出しているのだった。
奇矯な髪色の柳生が立ち上がり、羽織っていたガウンを脱ぎ捨てた。
「おや、どこへ行くのですか」
「…決まっているでしょう、仁王くんの所ですよ」
カタリ、とサイドテーブルに眼鏡を置く。
「…では、当然私も行きますよ。お前一人に良い思いをさせる訳にはいきませんからね」
先程の仲よさげな仁王とは対照的に、反発し合いながら二人の柳生はバスルームのドアを開けた。
「あ、柳生…」
「どげんしたとね？」
何故かまた泡だらけになっていた仁王の二組の視線が、きょとんとして乱入してきた柳生を見上げる。
「やはり、一緒に入りたくなりまして」
「…二人とも、私が可愛がってあげますよ」
「・・・駄目です！」
そして、再び二組の嬌声がバスルームに満ちることになった。

その後、二人の仁王は上せるから、と言って先に上がってしまい、柳生同士は互いを見もせず、口も利かずにさっさと躯を流した。
上がってみると、仁王は既にベッドに入って眠っているようだ。
そっと近づいてみると。
「「私の仁王くん…！」」
異口同音に同じ言葉が飛び出してきた。
ベッドの上には、一人の仁王しかいない。室内を見回してみても、もう一人の仁王がいる気配はない。
不愉快そうに柳生は自分を見つめた。其処に眠っているのは確かに自分の恋人だと主張している目だ。
だが、理屈ではない、直感で分かってしまった。時が来たのだ。
そう、其処に眠るのは、確かにそれぞれの恋人。栗色の髪の柳生には銀髪の仁王が、紫がかった髪の柳生には青銀の髪の仁王が、それぞれ見えている。
「宴は果て…」
「夢は現に、現は夢に」
二人はぽつりと呟いた。
そうだ、一夜限りの宴は終焉の時を迎えようとしている。
「ならば・・・」
「私たちも…」
非常に嫌そうに、柳生は自分自身と見つめ合った。
「戻るときが、来たのですね」
何をしなければならないかは分かっている。
しかし、躊躇うように二人の柳生は見つめ合ったまま動こうとはしなかった。
「私は嫌ですよ、自分となど」
「私だって嫌です」
そう主張して譲らない二人は、互いが仁王に変装して口づけを交わす、という大変不毛な手段を用いて、自己同化に成功したのだった。

翌朝−なのだろう、恐らく。
柳生と仁王が目を覚ますと、そこは、初めに案内されたホテルの一室だった。
着衣も乱れていないし、躯には何か清々しさのような感覚が残っているが、疲れは感じられなかった。
「おはようございます、仁王くん」
「あぁ、おはよさん…」
昨夜のことは夢だったのだろうか。互いに問い掛ける切っ掛けもなく黙っていると。
「おや、こんなところに、手紙が」
「なんね、請求書か何かか？」
テーブルの上、最初に来た封筒と同じ封筒に柳生と仁王、二人の宛名が書かれている。
開封してみると、一枚の手紙。
『昨夜はご堪能頂けましたでしょうか。以上で名誉会員特別記念式典を終了致します。末筆ながら貴殿の末永い幸福をお祈り申し上げます』
「・・・・・・・・・」
「・・・夢では、なかったのですね」
茫然と柳生が呟いた。
けれど、其処にいるのは紛れもない自分自身であり、愛する恋人であった。
今、この手に残る、それだけが真実。
ひらりと柳生の手から手紙が落ちた。最後の一行が、二人の視界の中、嘲笑うように翻った。
『Ｙ・Ｎ・Ａより愛を込めて』

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終わりましたよ、やっと！
どうでしょう、Ｗ仁王の可愛さは伝わったでしょうか？
エロは随分と温めにしてますけどね(笑)
お楽しみ頂けたら嬉しいです。
寧ろ、書いていた自分が楽しい(笑)
こーゆー明るめのお話も、偶にはいいなぁ。
感想などありましたらヨロシク^^