ぎしり、とベッドが軋む。
気怠い眠りに引き込まれようとしていた仁王は、重い瞼を上げた。
「なんね？ まだしよっと？」
「これからが、本番ですから」
柳生は行為の最中も外さなかった眼鏡に手を掛けた。
普段は厚いレンズに隠された目が、剥き出しになって仁王を見つめる。
温厚そうでいながら、その眼光の鋭さはただ事ではない。
じっと自分の躯を見る柳生の視線に居心地の悪さを感じて、仁王は身じろぎした。
もうする気はないのだと、あからさまに背中を向ける。
その薄い肩を、柳生は背後から押さえつけた。
「よさんか」
少し怒ったような声。
主導権は自分にある物と思いこんでいる。
「駄目ですよ」
耳元で囁きかけると、そっと耳朶を咥える。
俯せになった仁王の体の上に重なる。
執拗に薄い耳を舌先で弄んだ。
「や…、柳生、…や、ぁ…」
仁王はここも弱い。柳生の体に直接その震えが伝わってくるのが心地よい。
何とかはね除けようともがく腕を押さえつける。
全く、この体は快楽に弱い。
いつしか抵抗すら甘美な震えに変わり。
唇と舌で、体の奥の快楽の残滓を引きずり出す。
煽り立て、灼き焦がす程。
いつしか腰だけを突き上げた淫らな姿態を晒す。
「やっ…もう…、止め…」
ここだけで達しそうな程、切羽詰まった声。
だが、まだだ。これも、演技かもしれない。
柳生の手が仁王自身に軽く触れた。
それは、熱を持ち、切なげに脈打っていた。
少しだけ、柳生は満足する。
「いい加減に…せえ…」
「もう、欲しいのですか？」
首筋に舌を這わせる。同じ箇所を何度も吸い上げた。
拒むように、誘うように首を振る。銀の髪がはらはらと散った。
「我が儘な人ですね…」
片手が胸の突起に触れた。
指先で掠めると、柳生の下の体が大きく跳ねる。
「あぁ、ここも…弱いんでしたね」
笑いを含ませた声で囁いてやると、仁王は切ない溜息で答えた。
「早う…なあ…」
白い体が待ちかねてかたかたと震える。
半端な熱が苦しくて、仁王は遂に自身に手を伸ばそうとした。
「いけませんよ、仁王くん」
やんわりと紳士の手がその動きを止めた。
優しい筈なのに、動かすこともできない。
「それとも、見せてくれるのですか？そんないやらしいところを」
その言葉に、はっと我に返る。羞恥に頬が赤くなった。
「ふふ…今更何を恥ずかしがっているのです？お得意でしょう、こんなことは」
薄い肩に歯を立てた。
「痛ぅっ…！」
「まだまだ、こんなものでは足りませんよ」
ぺろりと指先を湿らせ、柳生は仁王の秘所に指を二本突き入れた。
「あぁっ…！」
びくびくと仁王の体が痙攣する。
其処が痛いほどに柳生の指を締め付け、収縮する。
「もうイってしまったのですか。可愛い人ですね、本当に」
ぐちゅり、といやらしい水音を立てて柳生の指が動いた。
「やっ…柳生、やめて…」
忙しい息の下から、喘ぐような苦鳴が聞こえる。
心地よさげに、柳生はその声を聞いた。
「そんなに可愛い声を上げても駄目です」
指先の動きは止めずに、細い項に咬みついた。
「やっ…、なん、怒っとうと…？」
震える声。少し上擦った声が甘えているようで。
「こんなものでは、まだ足りない筈でしょう、貴方は」
柳生は躯を起こすと、仁王の体を反転させた。
無防備にさらけ出される総て。
腹から胸に、たった今放出した精がべったりと付着している。
この躯を幾人の男に晒して来たことか。
それを思うと、柳生の胸に黒い炎が沸き上がってくる。
「誰と寝たのです。私以外の男に足を開いて、此処に男を咥えて、よがって、こんな顔を見せて。それなのに、まだ欲しいのですか？」
ほんの十日程だ。
互いの時間が合わなくて、すれ違う日々。
その間に、仁王は他の男と寝た。
その躯が、快楽に溺れ易いと言うことは知っていた。
独りで眠る事も、本当は出来ない程心が渇いているということも。
「傍にいてくれる誰か」をいつも求めている。
温もりを愛情と勘違いしなければやりきれないほど、孤独を恐れている。
仁王の眉が不快そうに歪んだ。
大きくつり上がった目が、キっと柳生を睨み上げた。
「俺は…きさんのもんじゃなか」
柳生の片手が、グッと仁王の首に掛かった。
繊細な指先が、仁王の首の血管を圧迫する。
払いのけようとする、その腕は力無く滑り落ちた。
仁王の内部で蠢く指が、最も敏感な箇所を掠める。
「や、ぎゅう・・・」
空気を求めて開かれる口。
白い顔が見る間に赤く染まった。
「許せませんね、貴方も、他の男達も」
苦しげにのたうつ躯は、こんな時まで艶めかしい。
壊せ、壊せ、壊せ…！
心の奥底から誘惑するような声が聞こえる。
甘美な誘いに惑わされかけ、柳生は我に返った。
仁王が失神する寸前、柳生は手を離す。
恋人はぜえぜえと音を立てて荒い呼吸を繰り返す。
柳生は仁王の内部から指を引き抜いた。
「きさんに…指図される理由はなかと」
柳生は、いっそ優しいほどの笑顔で言った。
「では、思い知らせてあげましょう。貴方が誰の物なのか」
「アホぬかせ」
紅潮した頬に口づけを落とし、髪を撫でる。
喉には赤黒い指の痕。一瞬の誘惑の証。
「渡しませんよ、誰にも。貴方を愛しているのですから」
幾度も聞いた筈の睦言。
それなのに、いつもと違う声に、不覚にもぞっとした。
一瞬の怯えに、すかさず柳生は仁王の体を押さえつける。
無理矢理解した其処に、柳生は自身の先端を臨ませた。
「嫌じゃ、やめぇ」
「もう、遅い…」
ずるり、と侵入する男。
息を呑み、それから仁王はゆるりと息を吐き出した。
柳生は仁王の両手を押さえつけ、傲慢な恋人を見下ろす。
淫乱な躯と空虚な心を持った、不器用な男。
それが、彼だった。
「私は貴方を愛してしまった…」
焦らされる程欲望は募り、仁王は淫らに腰を揺らした。
「他の男になど渡しはしない…」
「なん言うと…？ なぁ・・・早う…」
柳生の呟く声など聞こえてはいないのだろう。
熱にうかされた瞳で、強請るように見上げてくる。
もっと奥まで誘い込もうと、淫らに腰を振った。
「どうしたのです？そんなに暴れたら抜けてしまいますよ」
意地の悪い囁きに、首を横に振る。
逃れたいのか、引き裂かれたいのか。
「やっ…もう・・・」
触って欲しい。体中。どろどろに溶かして。見境もなく。
そんな思いだけが、仁王の頭を占領していた。
怒っているなら、一層酷く犯してくれれば楽なのに。
じりじりと灼かれる、こんな感覚は最悪だ。
一時の激情でないことが分かるから。
「仁王くん…愛していますよ」
「ウソ…やろ…」
「言った筈ですよ、貴方を愛してもいいのかと…」
あの日。戯れに唇を重ねたあの日。
誘われるままに仁王を抱いた。
あれが、運命の時だったのだ。
罠の閉じる音を、彼は聞かなかっただろうか。
柳生は仁王の脚を捕らえ、胸に付くほど深く折り曲げた。
「見…んな…」
赤い襞が、大きく口を開いて彼を咥えている。
より深い繋がりを求めてひくひくと色づいている、その総てが、彼の目の前に晒されていた。
「見せて下さい、貴方の一番いやらしいところを」
「嫌じゃ、離せ…！」
強気な言葉とは裏腹に、仁王の性器は快楽に震えていた。
先端からとろとろと先走りが滴り、彼の腹を濡らしている。
「どうやら、こちらの方が素直なようですね」
柳生の手が、仁王自身を握った。
指先に白濁した液体を絡め、優しく仁王のペニスに塗りつける。
緩く擦り上げると、仁王の躯がぶるぶると震えた。
「あっ…あん…、やっ…」
手の動きに連動して腰も動かしてやると、二重の快感に仁王は悲鳴を上げた。
「やあぁ…っ！ やっ、もう…あっ、ん・・・！」
柳生の手の中で脈打ち、仁王は射精した。
どろりとした、生暖かい体液が手に絡む。
「いけませんね、こんなに汚してしまって」
柳生はその手を仁王の口元に寄せた。
精液を唇になすりつける。
「やっ…、なんしよっと…！」
顔を背けたその顎を捕らえ、僅かに開いた口に指を突き入れた。
「ちゃんと綺麗にして下さいね」
そう言っても、大人しく言う事を聞く仁王ではない。
がり、とその指に歯を立てた。
「…あぁ、いけませんね、言うことを聞かない人は、ちゃんと躾けてあげないと」
激しく腰を揺さぶると、仁王は悲鳴とも嬌声ともつかぬ声を上げた。
佳い声だ。
恍惚と柳生はその声に聞き惚れた。
「このままずっと、こうして啼かせてあげましょうか」
可愛い小鳥、彼のためだけに啼く。
「やめっ…柳生…、もう、や・・・」
口では拒んでも、躯は正直だ。
その証拠に、逃すまいとするかのように柳生自身を締め付けてくる。
少し腰を引くだけで、縋るように仁王の腰が動いた。
「あぁ、まだ足りませんか。そうですね、こんなにいやらしい躯なのですから」
決して奥まで突き入れようとせず、意地悪く柳生は言う。
この躯で男を誘い、乱れ、狂うその様が、眼裏に浮かぶ。
顔も定かならぬ男達に抱かれる仁王の顔は、快楽に酔っていた。
「…私に抱かれた時から、貴方は私の物。誰の目にも触れさせない…この手を縛り付けて、誰にも触れないようにしてあげましょうか。目も耳も要りませんね…私を咥えて、乱れて、啼いて…ただ、私だけを感じて…私に愛されていなさい」
胸が痛い。彼を愛しすぎて胸が痛い。
「あぁ、でも、その声は残しておいてあげましょう。貴方の啼く声は好きですよ。ねぇ、可愛い仁王くん…。私は貴方を離さない。私は…貴方しか愛さない。だから…貴方も私を愛して下さい」
柳生は一気に自身を仁王の奥に突き入れた。
突然の刺激に、肉襞が痙攣する。
先端が前立腺を強く擦り、目の眩むような快感に、仁王は叫んだ。
「やぁっ…！やぎゅ…、柳生…！」
深く、深く。壊れるほど。
柳生は怒りと欲望を、仁王のしなやかな躯に激しく叩き付けた。
縋ることも逃げることも出来ず、白い躯が身悶える。
快楽は、既に限度を超えて苦痛になりつつあった。
「愛しています…もっともっと、乱れ狂うところを見せて下さい」
「やっ…、もう、や…あっ…、あぁ…っ…ん…」
いつしかその目尻から涙が伝い落ちる。
甘やかなそれを、柳生は吸った。
「仁王くん、貴方が求めるのなら、満足するまで、幾らでも責め立ててあげましょう」
「柳生…もう…や、あっ…あ、ん…あぁっ…やめ…」
弱々しい声が愛しい。
「何処にも行かせない…貴方は此処にいて、私を待っていなさい。他の男になど、もう二度と抱かれないで…お願いです」
「あぁ…柳生…約束、する…」
情痴の果ての誓いなど、何の意味も無いけれど。
その言葉が、欲しかっただけ。
柳生は満足すると、仁王の奥に精を吐き出した。翌朝。
眠ったのか眠らないのかもよく分からないまま、朝を迎える。
仁王の腰から下は感覚が無くなってしまったようだった。
全身が酷く重い。怠い。
のろのろと重い瞼を上げる。
朝の光が目に眩しかった。
それでも、無理矢理躯を起こすと、汚れている筈の躯は、綺麗に拭き清められていた。
シーツまできちんと取り替えられている。
「あいつ…寝たんかの」
何時までだか覚えていないが、兎に角長い時間、仁王は柳生に責められていた。
あそこまでいくと、既に愛の行為ではない、絶対に。
世間一般に変態と言われるような真似をしなかったことだけが、救いだった。
ひたすら仁王を乱れ、狂わせる為だけに続けられた行為は、苦痛だった。
「喉…痛か…」
殆ど一晩中叫んでいた喉は、カラカラだった。
「お早う御座います、仁王くん」
そこへ、端然と身繕いを済ませた柳生が戻ってきた。
「なんがお早う、じゃ」
柳生は落ち着いた足取りで、ベッドに起き上がっている仁王に近づくと、その額に口づけを落とした。
それを鬱陶しそうに手で払い、仁王は不機嫌な顔で言った。
「昨夜、俺にあげな真似しよって。もうきさんとは寝ん」
柳生は柔らかい微笑を浮かべた。
「何を言っているのですか、仁王くん」
「何って、言うた通りや」
愛おしげに柳生は仁王を抱き締めた。
「おかしなことを。貴方は私の物なのに。まさか、昨夜自分が何を言ったか覚えていないのですか？」
仁王の細い眉が寄せられる。
「…覚えとらんがよ」
くすくすと、楽しそうに柳生は喉の奥で笑った。
「そうですか。それならばそれでいいのですが。…あぁ、もう時間ですね。私は少し出かけますから、大人しく待っていたまえ」
「なん言うと？ 俺ん服ばどこやったん。帰れんがよ」
仁王の頬に唇を寄せ、柳生は耳元で囁いた。
「総て始末しておきましたよ」
「は？」
思わず奇妙な声を上げてしまった。
「貴方は此処にいて、私に抱かれていればいいのですから、服など不要でしょう？」
「あれ・・・本気やったんか…」
慈悲の塊の様な笑顔で柳生は頷いた。
「当然です。真田くんには巧く言っておきますから、安心したまえ」
「巫山戯んな！」
堪らず怒鳴りつけるが、柳生には動じた色もなかった。
「可愛い私の仁王くん…此処にいれば、躯が夜泣きする様な目には遭わせませんよ」
「ええ加減にせぇっ！」
「それとも…あれだけではまだ足りないと…？」
柳生の声のトーンが一つ下がった。
本能的に危機を感じ取った仁王は、慌てて否定した。
「いや、もうよか。充分じゃ」
「そうですか、分かりました。それでは」
仁王がほっとしたのも束の間。
ぱさりと床に落とされるブレザー。
今日は休日で学校はないが部活はあるのだ。
「なん？ まさか、柳生…」
「察しがいい人は好きですよ」
笑顔という名の無表情が怖い。
じりじりと仁王は後ろに下がった。
「や…もう、な？柳生。これ以上犯ったら、俺、死ぬけん」
「生き返らせてあげますよ、私の手で、ね」
男の手が、しっかりと仁王の腕を掴んだ。
閉じた罠、逃げ場はない。
既に仁王は、柳生という檻に囚われた、哀れな贄。
叫んでも、応えはなく。
堕ちていく、闇よりも深い愛に。〜Endless〜
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逃亡。これで純愛って言ってもいいですか？
ひたすら犯りっぱなしかよ…。
要するに仁王が他の奴と犯ったのが許せなかったのね。
心の狭い紳士。でも独り占めしたいよ、仁王なら！
変質者というか、ストーカーだね、この人。
いや、「コレクター」とでも言おうか…。
でも…純愛だと思う…んだけどなぁ…(笑)
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