「夜に啼く」

その夜、聖騎士団から一人の団員が消えた。
それと同時に一本の「神器」も失われていた。
男には、直ちに追っ手がかけられた・・・

月のない夜だった。
墨を流したような夜空には、淋しげな星が疎らに瞬くばかり。
男は足を速めた。
こんな夜には魔物が出る。
どんな化け物も恐ろしくはないが、鬱陶しいのは御免だった。
いや、今も辺りを彷徨いていた小型のギアをぶち殺してきたばかりだ。
だが・・・
「また、てめぇか…」
吐き捨てる様に言う。
その視線の先には、黒衣の死神の姿があった。
「ソル・・・私は貴様を・・・」
死神は赤い刃の大鎌を構えた。
だが、どこか様子が違う。
いつもなら問答無用で襲いかかってくるものを。
躊躇したように、困惑した表情を浮かべてソルを見ている。
けれど、今夜は苛立っているのはソルの方だった。
先程の、戦闘にもならない一方的な殺戮に血が滾っている。
その激しい熱さは、眼前の相手を見た途端、欲情に近い色に染まった。
「てめぇが来ねぇなら、…こっちから行くぜ…！」
地を蹴り、闇に燃え上がる剣を振り下ろす。
「それは、騎士団の…！」
テスタメントの瞳が一瞬驚愕に見開かれた。
次の瞬間、闇に業火が燃え立ち、テスタメントの脇腹に食い込んだ。
「くぅッ………！」
呆気ないほどに脆く、テスタメントは夜の街路に倒れた。
「・・・まだ、調節が巧くいかねぇな」
ソルは低く呟くと、眼下に倒れる相手をじっと見つめた。
いつもなら、ここで犯しているところだ。
…小さく頭を振り、ソルはテスタメントを担ぎ上げた。

寒い、その感覚がテスタメントを目覚めさせた。
目を開けて、先ず見えたのは薄暗い天井。
そして、意識を覚醒させたのは、体を這う手の感触。
「なっ・・・！」
「起きたか…」
聞こえたのは、あの低い声で。
思わず上体を起こそうとしたテスタメントは、身を貫く痛みに顔を蹙めた。
「貴様、また…！」
知らず、羞恥に頬が赤く染まる。
男は、テスタメントの足の間にいた。
テスタメントは全裸で、あろうことか両足は広げられてベッドの支柱に縛り付けられていた。
「・・・あぁ、今日はまだ犯ってねぇぜ」
にやりと男が意地悪げな笑みを浮かべた。
「ならばいい、離せ…っ！」
「…そういう訳にはいかねぇな」
ソルはテスタメントの胸に指を滑らせた。
指先が、薄赤い胸の果実を掠め過ぎる。
微妙な感触に、ぴくん、とテスタメントの体が跳ね上がった。
「・・・こいつは、勝者の権利だからな…」
男の体が覆い被さってきた。
「いやだ、…嫌だっ・・・！」
自由な両手で男の肩を押し退けようともがく。
ずきずきと熱を伴った痛みが右の脇腹から沸き上がる。
その所為か、テスタメントの抵抗は簡単にソルに封じられてしまった。
ぎし、と寝台が軋る。
ソルはすらりと細い首筋に舌を這わせた。
「あぅっ…、あぁ…」
力が抜けていく。体が震え、疼いてくる。
「…ふん、ここはまだ濡れてねぇみたいだな…」
ソルの太い指がテスタメントの秘部を撫でる。
言うように、そこには僅かの湿りさえなく。
その瞬間、テスタメントが感じたのは、恐怖だった。
あの一夜。血溜まりの中で強姦された思い出。
それは、ギアではなく、紛れもなく人間の女の感情。
いつものように嵐のような一時に奪われるなら、感じはしなかっただろう。
けれど、今夜のソルはいつもと何かが違う。
無理に奪うのではなく、これは、愛撫しようと言うのか？
緩慢に過ぎる時が、あの時のあの痛みを思い出させる。
どうしたところで、そこに湿りのあろう筈がない。
「やめて………、ソル…」
「…随分とイイ声で鳴くようになったじゃねぇか」
ソルの声には、どこか自虐的なほどの響きが含まれていた。
「俺に抱かれて、少しは感じるようになったか？」
「バッ、バカな事を言うなっ…！」
反射的に跳ね起きようとした足を繋ぎ止める、物。
それはソル自身が身につけているベルトだった。
「大人しくしろよ…」
飽きもせずに首筋を愛撫し続ける。
じんわりとテスタメントの背を這い降りる、感覚。
腰の奥を痺れさせるそれは、快楽という名で呼ばれていた。
「嫌…いやっ・・・！」
押し退ける手に力が入らない。
足を開いたまま、悩ましく身をくねらせる。
どう見ても男を誘う媚態でしかない。
ゆっくりと男の唇が下がってゆく。
淡い紅色の乳首をそっと銜えると、明らかな反応が返ってくる。
「…イイ躰だぜ」
「バカな…、そんなことを…」
怒りと屈辱と恐怖がテスタメントの声を微妙に揺らしていた。
男の肩に両手をかけ、押し退けようとする。
けれど、ソルの力強い腕は、テスタメントの細い体をきつく抱きしめていた。
ソルは執拗に乳首を責め立てて止まない。
ぞくぞくするような、妙な感覚がゆっくりとテスタメントの躰を満たす。
抵抗はやがて身悶えへと、力無く変わっていった。
「・・・濡れてきたな。感じてんのか？」
「きっ、貴様、何をつまらぬことを…！」
叫ぶ声も、艶めかしく濡れているようで。
「・・・聞こえるだろうが」
ぴちゃ、とソルの指先が悪戯な音を立てた。
紛れもない、「彼女」が求め始めているのだ。
「やっ…！　やめろ、貴様…っ！」
甲高い悲鳴は、次の瞬間息を呑んだような喘ぎに変わった。
「あぅっ…」
男の指が、ゆるゆるとテスタメントの中に侵入してきた。
これでどうやってソルの物を受け入れているのかと思われるほど、
其処はきつく、狭かった。
ゆっくりとソルの指が内部を抉る。
「あっ、ひぅっ……」
それは、快感か不快感か。
かつて抱かれたときには感じなかった感覚。
背筋から脳へ一直線に突き抜けていく。
「あっ、あぁっ…、ソル・・・いや…だ」
零れる息が早くなり、声が上擦る。
痛みはなく、それだけに快楽に敏感になってしまう。
いや、どこかで狎れてしまっていたのか。
戦いに敗れ、この男の慰み者になる自分自身に。
そんなことはない、と必死に否定しても、躰は現にこの男を受け入れ始めている。
「いやっ…、やめて…っ！」
そんな疑惑から逃れたくて、テスタメントは悲鳴を上げた。
「…いいぜ、叫びてぇなら叫べよ。但し、ここは荒野じゃねぇ。
てめぇの言う”愚かな虫けら”にてめぇのよがり声を聞かせてもいいってんならな」
低い声が意地悪くそう告げる。
「！…貴様っ…」
どうあっても、逃れることの叶わぬ運命なのか。
悔しさに、テスタメントは歯噛みする。
男の唇が更に下がって行く。
唇が、もう治癒し始めている傷口に触れた。
「あっ…！」
思わず眉を顰める。
疼くような痺れるような痛み。
その痛みすら、何か甘く感じられた自分が許せなかった。
痛いはずなのに、それはどこかテスタメントの理性を狂わせていく。
男の肩を掴んだ手は、最早押しのけるためではなく、繋ぎ止める為で。
ぎしり、と寝台は軋り、足首にはベルトが食い込む。
「ソル、イヤ………！　あぁっ…！」
堕ちる、どこまでも、血の色をした闇よりも深く。
それは、快楽という名の、永劫の地獄。
もう、テスタメントには、逃れる術は残されていなかった。
「イってもいいんだぜ？」
執拗に内部の指を動かしながら、ソルが言う。
声をかみ殺そうとしたまま、テスタメントは首を横に振った。
体を支配する快楽が苦しい。
目尻から一筋、透明な涙が転がり落ちた。
「ふん…、もっと鳴きてぇんなら…」
一瞬男の体が離れた、と思う間もなく。
「あぅっ…！」
馴らされた女は、容易く彼を受け入れていた。
ゆっくりとソルの腰がリズムを刻み始めると、
自然にテスタメントの唇は切ない喘ぎを洩らしていた。
「ソル・・・いや、止めて・・・」
赤い瞳が潤んでいた。
哀願するような顔でソルを見上げる。
その表情は、かつて見たこともないほど不安に揺れていた。
泣くな。
そう言いかけ、ソルは己の心の動きに戸惑った。
代わりに、深く唇を重ね、舌を絡める。
ソルの背に腕を回し、テスタメントはソルを抱き締めた。
「あぁ…、ソル・・・」
曙光よりも仄かな想いが、二人の間に芽生えた瞬間だった。

いつ眠りに就いたか覚えていなかったが、目覚めたら朝だった。
ソルは隣を見た。
テスタメントは、何故か彼の隣でまだ眠っていた。
総ての憂いも忘れたように眠るその顔は、どこかあどけなくさえあった。
上体を起こし、じっとその寝顔を見つめる。
初めて、綺麗だと思った。
艶やかな黒髪を撫でようと手を伸ばしかけた時。
ゆっくりと薄い瞼が開いた。
悟られぬようにソルは差しのばした手を引っ込めた。
「ソル、貴様…！」
忽ちテスタメントの頬に血が上った。
だが、それは怒りではなく、羞恥のためだった。
慌てて上に掛けていた毛布で体を隠す。
殺したいほど憎い相手の隣でうかと眠ってしまったという、己の不甲斐なさ。
「出て行け」
「…ここは俺の部屋だぜ？」
言い返せず、ソルを睨み付けるテスタメント。
その顔には困惑の色がありありと浮かんでいた。
「どうした、お前の服ならここだぜ？」
ソルはさっさと立ち上がり、自分の衣服を身につけてしまった。
「・・・出て行け」
先ほどと同じ台詞を、テスタメントは繰り返した。
ただ、今度はうつむき加減に、である。
恥ずかしがっているのだと、ソルは気付いた。
そう、この黒い死神は、乙女のように羞じらっているのだ。
にやりと笑うと、ソルは未だにテスタメントの足を戒めていたベルトを解いた。
白い足首にくっきりと赤く残されている、罪の環。
「ま、好きにすりゃいい」
そう言うと、ソルは部屋を出、後ろ向きに扉を閉めた。
扉にもたれ掛かり、煙草に火を付ける。
室内の気配に耳を澄ますと、どうやらテスタメントは起き出したらしい。
ずっと昔のことをソルは想い出していた。
初めて一緒の朝を迎えた女が、同じように羞じらって、
着替えをする姿を見せてくれなかったことがあったような気がする。
それと、同じような状況ではないか。
「・・・だが、あいつは敵…ギアだ」
そこまで考え、それなら何故今まで殺さなかったのか、という問いが浮かんでくる。
ソル自身の心の中にも、その答えは未だ用意されていなかった。
室内が静かになった。
どうやら着替えは済んだらしい。
また今度も窓から出ていくのかと、ソルは扉を開けた。
が、意外にもテスタメントは室内に佇んでいた。
どうやら、窓から出ていったのでは目立ちすぎると判断したらしい。
「ソル、私は・・・」
怒ったような、泣きたいような表情でソルを見る。
その赤い瞳には、確かにソルが映っていた。
何と言っていいものか分からず、テスタメントは言葉を切った。
そのまま、ソルの脇をすり抜けて出ていこうとする。
僅かに体が触れる。
ソルは、思わずその体を抱き締めたい衝動に駆られた。
何故、そんなことを思ったのか、自分でも分からない。
結局触れあうことなく、二人は別れた。
一瞬、部屋を出るときに振り返ったテスタメントが言う。
「ソル、私は貴様を・・・」
「・・・殺してやる、か？　いいぜ、いつでも来いよ」
それは、愛の告白ではなかったか？

けれど、そう遠くない未来、二人はまた幾度目かの邂逅を果たす。
お互い、思ってもいない形で。
始まりの終わりは近い。

〜Ｅｎｄ〜

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な、何か今回は長くなってしまったです(^^;;;
お読み下さった方、すみません。
テンション高い分、トーンは低いです(笑)
初めてのベッドトーキングの予定が…。
大外しもいいとこ(笑)
所詮、私にゃ、そんなもんは無理だったんすね〜（死）
これ、２ヶ月以上も書きあぐんでました。
だから、途中でストーリー変わっちゃったかも…。
さ〜、いよいよ次は、二人が愛に目覚める時、かな？
期待せずにお待ち下さい。