血の染むボクのココロ
「き、さま…、貴様、になど・・・」
「まだ、やるか？」
男は余裕すら窺える不敵な笑みを浮かべた。
目の前の獲物は、既に立ち上がることもできない。
その力も残されてはいないし、何より、右足は千切れ掛けている。
大岩に上体を凭れさせ、どうにか立ち上がろうともがいているばかりだ。
ずたずたに裂けた戦闘服は殆ど体にまといつくボロ布でしかなく、強情に負けを認めずに見上げる瞳すら、痛みで潤んでいる。
ギア−忌まわしき生体兵器と言えど、痛みを感じない訳ではない。
「…もう、分かっただろうが。俺には勝てねぇ」
男は背を向けた。
こいつとやり合うのは初めてではない。
確かに会う度に強くなっていったのは認めるが、所詮彼に勝てる程ではなく。
それを、油断と言えるのか。
ザシュッ！
気配を感じて振り向いたが、一瞬遅く、大鎌の切っ先が、彼の背を斜めに切り裂いていた。
「・・・てめぇ」
先ず有りもしない情けをかけたのは、彼の人間だった頃を知っているからだ。
その余計な情が、思わぬ不覚に繋がった。
だが、既に気力だけで立ち上がった相手は、鎌に縋って立っているだけがやっとの有様だった。
「…いいぜ、てめぇがそうまでするなら、二度と俺に会いたくねぇぐらい、してやろうじゃねぇか」
背を切り裂いた傷口から、ゆっくりと熱い血が滴り落ちてくる。
疼くように痛む傷が、何故か心地よい。
放っておいても、数日を待たずして完治してしまうのは、彼もギアであるから。
「貴様を…ここか、ら…先に、行かせ、な、い・・・」
何故、立ち上がるのか。
執念にも似たその気迫は、一体何の故があるのか。
男は、ゆっくりと獲物に歩み寄った。
杖代わりに縋っていた大鎌を奪い取る。呆気ないほど簡単にそれはテスタメントの手から離れた。
ぐらりと頽れたのは、ソルの腕の中。
乱暴に突き飛ばされ、仰向けに倒れる。
もう、足掻く力も残ってはいなかった。
男は無言で服を脱ぎ始めた。背中の傷がその度に開き、真新しい血がこぼれ落ちていく。
血の匂いが、興奮を高めた。
額のヘッドギアを外すと、遠目にもはっきりと鮮やかに浮かび上がる、ギアの紋章。
その瞬間、先程までとは桁違いの力が周囲に満ちた。
テスタメントは、全裸の男を見上げるしかできなかった。
ソルは、投げ出されたテスタメントの長い両足の間に体を割り込ませた。
「あっ・・・！」
何をされようとしているのか気づいたのだろう。
反射的に足を閉じようとするが、言う事をきかなかった。
「うぜぇな…」
「あぁぅっ…！」
その千切れ掛けている右足を掴み、無造作にもぎ取った。
まるで、人形の手足を引きちぎるかのように。
人形と違うのは、肉のちぎれる音と、地を叩く血のシャワー、そして、驚異的なまでの復元力。
傷口を当てれば、たちどころに癒着してしまう。
「あ、あぁぁぁぁっ！」
それでも、あまりの痛みに細い躰が跳ね上がった。
ギアでも、涙は流れるらしい。
痛みが全身を走り抜ける。それ以外、何の感覚もなく、脳髄まで血に染まった。
かつて、如何なる戦いにおいても上げたことのない絶叫が、テスタメントの唇を間断なく割っていた。
「…黙れ」
ソルの手が、テスタメントの細い首を掴んだ。
幾らギアとは言え、首を落とせば流石に絶命する。
グロテスクなほどに怒張したペニスが、テスタメントの股間に宛われる。
「？」
一瞬だけ、ソルが怪訝そうな顔をした。
「わ、たし・・・の秘密、に…近づく、な・・・」
苦しい息の下からそれでもまだ拒絶の声がした。
「ふ、ん・・・そうか」
驚くべき事にテスタメントの股間は、未成熟な二つの性を示していたのだ。
だが、女の部分すら、痛みと疲労にしっかりと閉ざされ、僅かばかりの湿りもない。
ソルの片手が、未だ噴水の様に血を吹き出しているテスタメントの右足を撫でた。
生暖かい血だけが、お互い嘗て人間であった証とでも言えるのだろうか。
「あ・・・」
その血塗れの指が、テスタメントの女を濡らしていく。
太い指が、内部を確かめるように差し入れられ、抉るように蠢いた。
快楽という名の不快感が、テスタメントの背筋を這い昇った。
「あ、いや…だ・・・・やめろっ！」
恐怖に近い悲鳴が上がるが、聞く耳を持つソルではなかった。
既に、熱く脈打っているソルのペニスは獲物を引き裂きたくてたまらなくなっている。
これは、破壊衝動に基づく欲情なのだ。冷たい声がどこかでそう言っている。
だが・・・。
「ひぃっ・・・！」
血のぬめりが、易々とテスタメントにソルを受け入れさせた。
しかし、ただ受け止めるには、ソルのそれは強暴で、テスタメントのそこは未熟に過ぎた。
「い、痛い…！ やめろ、…やめろぉっ……！！」
美しい血塗れの顔が痛みに引きつれた。
それは、かつて経験したことのない痛みだった。
動かせない筈の手が、残された片足が、男の躰を押し退けようともがく。
「…イイぜ、もっと暴れてみろよ」
強引に奥まで突き上げると、そこはまるでソルを逃がすまいとするかのように締まった。
唯の女では決して味わえないような、快楽。
流れる血がソルの視界を赤く染め、狂暴な欲望が心まで紅く染め上げていく。
「あぅっ…！ あぁっ、イヤ、だ…！」
夢中で振り回した鋭い爪が、ソルの頬を抉った。血が滲むのが分かった。
「…楽しませてくれる」
酷薄なほどの笑み浮かべ、ソルは腰を動かした。
「いやぁぁぁぁぁっ…！」
悲鳴を止める理性も力も、テスタメントの躰には残されていなかった。
狭く浅いそこは、ソルのものに突き上げられ、下腹部から吐き気すら伴う鈍痛が押し寄せてくる。
硬く反り返った先端が、敏感な内壁を押し上げ、快楽になる前に屈辱に取って変わられた。
「もっと、叫べ…」
無惨な破瓜の儀式を行いながら、ソルはテスタメントの左腕を掴んだ。
指先を舐める。自分の血の味がした。
不快な鈍痛と全身を引き裂く激痛に、テスタメントは狂わんばかりに悶えた。
どうすれば、この痛みから屈辱から逃れられるのか。
「イイ、ぜ・・・お前」
ゴキッ、と不気味な音が響いた。
「あぁぁっ、あっ、アァッ…！」
左肩の関節が外れていた。だらりと奇妙な方向に拗くれて投げ出されている。
「・・・これだけじゃ足りねぇか？」
ソルの背から尚も滴る血が、テスタメントの肌に血の花を咲かせ、それが無惨であるだけ余計に美しかった。
「いやぁぁぁっ、あぁぁぁっ…！！」
そこがぐいぐいとソルを締め上げる。
女と言うよりは、やはり男を犯している気分だった。
だからこそ、引き裂いてやりたいのだ。
乾いた荒野で血塗れの獣が二匹、いつ果てるとも知れぬ血の饗宴を繰り返していた。
そして・・・
「行かないで…、ねぇ、どこにも…」
甘い声が耳元で甘えるように囁き続ける。
「ここにいて…ずっと・・・私にはお前だけだから…」
白い体が柔らかく絡みつく。
離すまいと白い腕がどこまでも躰に縋り付く。
幾度も絶頂の度に愛していると叫び、満足の吐息を洩らす。
紅い唇が至福の微笑みを浮かべて、真紅の瞳に彼だけを映している。
「愛してる・・・お前だけだ・・・」
男の囁きに恍惚と酔い、今の幸福が夢のようだと呟く。
何故、こうなってしまったのか。
あの時の光景は、今も二人の胸に残ってはいるけれど。
流れ行く時は不可解に、そして確実に二人の心を変えてしまった。
それは、悪いことではない。
ソルは、胸の奥に時折蘇る、あの日の血に染まった互いの姿を、懐かしく思い出していた。
決して戻れない、けれど、総てがあの時に始まったのだ。
〜Ｅｎｄ〜
.JPG)