「Intermission」
巡回の途中、見慣れた黒いコート姿を見つけた。
カイは声をかけようかと思ったが、ふと或ることを思い出して躊躇ってしまった。
元聖騎士団団長は彼らしくもなく、敢えて声をかけないことに決めた。
けれど、どうやら相手がカイを見つけてしまったようだ。
「よぉ、奇遇だねぇ、カイ。こんな所まで見回りかい？」
「あ…こんにちわ、ジョニー」
一応、ジョニーは賊である。
それが、昼日中にこんな往来を歩いていてもいいのだろうか。
相手は、そんなことには一向無頓着らしい。
「どうだい、折角会ったんだし、ちょいとお茶でも」
「でも、私は…」
カイの脳裏を、いつかの光景がちらりと掠めて過ぎた。
脆すぎる、自分。抱き留めてくれる腕は…。
「ま、固いこと言いなさんな」
勝てない。この人には。
カイは、この男にある種の苦手意識を感じていた。
いや、それは自分に対する疚しさだったのかもしれない。
けれど、結局断ることもできぬまま、カイはジョニーに着いていく羽目になったのである。
「さ、入ってくれ。…おぉい、リープ！………いないのかな？」
ジョニーは厨房に向かって料理長の名を呼んだが、返答はなかった。
やれやれ、といった調子でジョニーは軽く肩を竦め、愛用の帽子を帽子掛けに掛けた。
そつのない動きで、カイに着座を勧める。
「悪いなぁ、誘っといてなんだが、俺の入れるティーで我慢してくれるかい？」
器用にも自分で紅茶の支度をしながら、ジョニーが聞く。
「えぇ、構いません。貴方が淹れてくれるなんて…」
微笑してカイが答える。いけない、このままでは。
そう思いつつ、何故かリラックスしている自分が可笑しい。
数分後。室内には、紅茶の上品な香りが漂い始めた。
「ん、これは・・・。素晴らしい茶葉を使っていますね」
「そうかい？お前さんにそう言ってもらえるとは、光栄だね」
穏やかに笑う、彼と自分。
あの日の事が総て夢だったかのような、落ち着いた時間。
いや、夢でなどなかった、断じて。
カイの記憶が叫んでいる。
あの日、あの時、確かに自分はこの男に縋ったのだ、と。
ふと、気付けば二人の距離は縮まっていた。
何時しかカイはジョニーの肩にもたれ掛かり、穏やかな幸福に微笑んでいた。
「貴方と、こうしているのは、…とても好きです」
胸に満ちる想いに、何と名付ければ良いのだろう。
こんな心持ちを、カイは知らなかった。
「そいつは良かった。俺も、こうしてるのは嫌いじゃぁないんでな」
耳をくすぐる声も、暖かな胸の鼓動も。
現実の物として、それはカイの心に沁みこんでいく。
「・・・・・・！」
唇が、頬に触れた。耳朶に、額に瞼に。
そっと掠め過ぎていく、優しいキス。
「ジョ、ジョニー、こんな…」
カイの白い頬が赤く染まる。
慌てて起き上がろうとする肩を、静かに、けれど確固とした力で押さえられる。
「嫌じゃない、だろ？」
優しい声が誘う、堕天使達の楽園。
「でも・・・誰かが戻ってきたら…」
言わずもがなの懸念を口にしてしまうのは悪い癖だ。
本当は、ずっとこうしたかった筈なのに。
優等生の反論を、長い指がそっと塞ぐ。
何も言わず、ジョニーはカイの躰を抱き上げた。
流れるように自然な動きで、寝室への扉を開ける。
薄暗い室内で、カイは無垢な少女のように横たわった。
こういう時、どうすればいいのか、何も知らない。
ただなされるがまま、この男を待っているのだ。
ジョニーは何も言わず、優しい口づけを与えながら、そっとカイの衣服を脱がしていった。
カイには女性を抱いた経験はない。
だが、自分をまるで世間知らずの小娘のようだと感じる瞬間がこれだった。
「あの男」とは比べ物にならないほど、ジョニーは優しい。
あいつはまるで引き裂きかねない勢いで服を剥ぎ取り、カイを犯した。
冷たい、何の情もこもらぬ目で見つめながら。
あの赤茶の目は、誰を見ていたのだろう。
耳元で囁かれる低い声に心地よく酔いながら、カイはジョニーの首に腕を回した。
今は、あんな男のことなど考えている時ではない。
「あっ………」
気付いてみれば全裸で、ジョニーの片手がカイの薄い胸をまさぐっていた。
触れ合う素肌が暖かく、心地よい。
ジョニーの愛撫の手は激しいが、それ以上に優しかった。
白刃を握る指が、また的確にカイの敏感な部分を捉える。
耳朶を咬む、その動き一つでカイは手もなく身を震わせた。
抑えようと思うほど弾む息が、尚更恥ずかしい。
「いいぜ、もっと力を抜いて」
笑いを含んだ声が、カイの理性を揺さぶる。
必死に唇を噛んで声を洩らすまいとするが、その手は男の躰を強く抱きしめていた。
固く閉ざした瞼に、優しい口づけ。
あの男と違い、ジョニーは決して無理強いをしようとはしない。
どこまでも柔らかくカイを包み込み、身も心もほぐそうとしてくれる。
少しずつ、丹念な手が指が、吐息が、カイを快楽へと導いていく。
性急に求めず、けれども離そうともせず。
いつか、受け入れてくれるまで。
世慣れない生娘を相手にしているようなものだった。
その程度の制御が出来るほど、彼は大人だった。
その気遣いが分かっていながら、素直に受け入れられない自分が、カイはもどかしかった。
でも駄目なのだ。
これは背徳の行為なのだと、どこかで懼れている自分がいるから。
「今だけは…俺のことだけを考えてくれよ？」
永続を強要しないところはソルに似ている。
会う度にこの男に甘えているのは自分なのだと、カイは気付いた。
いつも、そうなのだ。
その気持ちに逢着して、始めてカイは総てを委ねることができた。
ジョニーはそんなカイの僅かな変化に気付く。
長い指が、そっとカイの穢れ無き男性を握り、扱く。
「あぁ…いや・・・！」
呆気なく、カイはジョニーの手に吐精してしまっていた。
羞恥に頬を赤らめる間もなく、手際よくカイの躰が反転させられる。
薄赤く色づき戦慄いている蕾に、ジョニーはそっと手に受け止めた精を塗りつけた。
次に来る衝撃を予測して、反射的に緊張した狭間にゆっくりと指先を沈ませる。
「あっ、ん・・・」
何とも言えないぬめりが、震えだしそうな感覚をもたらした。
どこまでも優しく静かに抜き差しが繰り返される。
「あっ、あっあぁ………」
何時しかその動きに合わせてカイの声が上がる。
そして、指が引き抜かれたと思う間もなく、カイはジョニーを受け入れていた。
「ひぃっ…！」
それは、熱く脈打っていた。
「あぁっ…！」
ジョニーが腰を使い始めると、カイは啜り泣いた。
やがて、嗚咽は果てない快楽の嬌声へと変わっていく…。
疲れ切った躰がぐったりと投げ出されている寝台。
ジョニーは幾分かの哀しみを込めてその青年を見下ろしていた。
青い瞳は何を思っているのだろう。
やがて、ジョニーはカイの額にそっと唇を落とすと、自らも隣りに横たわった。
せめて、この一時だけでもその細い体を抱きしめていてやろうと。
どうせ、束の間の休息にしかならないけれど…。
〜Ｅｎｄ〜
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