「プライベート・チアボーイ」

「柳生、痛かと。離し」
「駄目です」
柳生は仁王の手を掴んで、引きずらんばかりの勢いで家路を辿っていた。
彼の詐欺師はその速さに背後でぶつぶつと不平を並べている。
それでも大人しく付いてくる仁王に、柳生は少し安堵していた。
「君が…、君があの様なことを言うから」
先程のミーティングでの仁王の発言。
『俺、チアガールんなって柳生の応援すっけん』
「何でじゃ。ええっちゃろ。そげん怒るようなことか〜？」
仁王は後ろで呑気そうな声をあげた。自分の発言が柳生を動揺させ得たことに満足しているようだった。
「駄目です」
再び柳生は繰り返した。腹を立てている訳ではないが、つい口調がきつくなってしまうのは、その光景に興奮してしまったからだ。決してそんなことは口にしないが、仁王はもしかしたら気付いているかもしれない。
「只今戻りました」
相変わらず礼儀正しく紳士的に挨拶しながら、いとも非紳士的な力強さで、柳生は仁王を部屋に引き入れた。
「なんばしよっと」
その強引さに形だけ抵抗しながら、仁王は定位置に腰を下ろした。
「仁王くん、貴方って人は…！」
だらしなく足を投げ出して座る仁王を、柳生は強く抱き締めた。
「なんね？興奮した？」
笑いを含んだ声が問いかける。その通りだと答えるのも癪で黙っていたけれど、沈黙は肯定だった。
「駄目です…私以外にそんな姿を見せるのは…絶対に許しません」
くくく…と仁王が喉の奥で笑った。それは、満足げに喉を鳴らす猫に似ている。
「…まさか、本気にしたんやなかとね？」
無論、柳生だって本気で仁王がそんなことをするとは思っていなかった。けれど、人の予想を裏切るのが大好きな仁王のことだ。或いは、という危惧が柳生の頭を掠めたのも事実だった。
どれ程彼を惑わせれば気が済むのだろう、この詐欺師と呼ばれる男は。
彼の術中にハマってうっかり動揺した自分が少々情けなくもあり。
だから、柳生はそのお返しをしてやろうと、紳士らしく決心していた。
「他の人に見せるのは許しませんが…私にはちゃんと見せて下さいね？」
「え？」
柳生はバッグに詰め込んできたチアガールの衣装を引っ張り出した。
「はい。着て下さるのでしょう、私のために」
「…冗談やけん。本気にすな」
仁王はちょっと肩を竦めて見せた。
「駄目です。着て下さい」
その時の仁王の表情は憮然としたものだった。しかし、これは彼が仕掛けた遊び。動揺する柳生も見られたことだし、着るぐらいならいいか。
「なら、あっち向きんしゃい」
にっこりと柳生はいつもの笑顔を浮かべて首を横に振った。
「どうぞ。私の前で着替えをするなんて馴れているでしょう？」
「…趣味悪か。それが紳士の言う事か？なしてチアガールがストリップせんといけんの？」
静かに柳生は頷いた。
「楽しませて下さいね」
益々仁王は憮然とした顔をしたが、挑まれて引き下がる性質ではない。ただ着替えるなんて、それだけを柳生は望んでいるわけではあるまい。
意を決して立ち上がると、電灯を一つ落とした。薄暗い豆電球の明かりが、すんなりとした仁王の姿をぼんやりと照らしだす。
ぱさりとブレザーが落ちた。伸ばした手の先からベストが。しゅるり、とネクタイを解き、律儀に正座して観賞している柳生の首にくるりと巻き付けて額に口づけ。
そして、ゆっくりとシャツのボタンを外していく。徐々に露わになる白い胸。総てのボタンを外し、ベルトも解きズボンのボタンもファスナーも下ろす。
だが、まだ体の殆どは布に覆われたままだ。音楽がないのが惜しいくらいだった。
まるで魔法のようにシャツの両袖を抜く。骨張った肩に掛かる薄いシャツが、柳生に剥ぎ取ってやりたい欲望を起こさせた。
うっとりと見つめる柳生に、極上の笑顔を送り、殊更大袈裟に上体を倒して床に広がる衣装を手に取った。ちらりと見える乳首と、均整の取れた体に、柳生は興奮と満足の溜息を漏らした。
背中のファスナーを歯で噛んでゆっくりと下ろす。挑発的な目が素敵だと、心底から柳生は思った。
瞬間、勢いよく仁王は背を向けた。肩に掛かっていたシャツがふわりと飛んで白い背が露わになる。
それも束の間。さらさらと派手な色彩の衣装が仁王の上半身を覆った。
背を向けたまま腰に縋り付くズボンに手を掛け、そのまま一気に下げるかと思った刹那。
すとん、と仁王は柳生の膝の上に座っていた。
「仁王くん…！」
背後から仁王を強く抱き締める腕。くすくすと笑いながら仁王は柳生の頬に唇を押し当てた。
「踊り子さんには手を触れないで、ね」
そう言いながら、仁王はするするとズボンに下着に靴下まで脱いでしまった。
「あぁ、もう、貴方は何と素敵な方だ…！」
この腕を放すまいと、柳生は必死に仁王を抱き締めた。愛おしくて、愛らしい、彼の詐欺師。
開いたままだった背のファスナーを上げてやる。流石に上までは止まらなかった。
それでも、その腕からするりと抜け出してしまうのが、この銀の髪の詐欺師なのだ。
「そんで、…ほら、これ、な」
がさがさと仁王は自分のバッグから既に用意してあったらしいポンポンを二つ取りだした。
「どうじゃ？」
凶悪なほど愛らしい満面の笑顔を柳生に向ける。
「可愛いです、とても！えぇ、誰にも見せませんとも。こんなに可愛い貴方を、誰にも…！」
柳生の前にすっと立ち、手にしたポンポンをしゃらしゃらと振る。
「ふれ〜ふれ〜、ってな」
笑みを絶やさず胸の前で、それでも少し照れたようにポンポンを振って見せる仁王が余りにも可愛くて。
我慢できずに立ち上がろうとした柳生の肩に。
「いけんよ、お客さん、今夜は見てるだけやけ」
すらりとしたしなやかな形の良い仁王の足が、柳生の肩を押さえつけた。
肩を踏みつけにされながらも、その脚線美に柳生は目を奪われた。
踝から膨ら脛、膝から太股へと徐々に目線を上げる。その先の秘密は、短いスカートの奥で絶妙に隠されていた。
見えそうで見えないところがいいんです！と柳生は心の中で絶叫していた。
モロに見せるのはいつでもできる。チラリと覗いているかもしれないと期待に胸を躍らせるのが、また楽しい。
それは想像力が興奮を掻きたてる若いうちだから出来ることか、それとも色以外に欲望のなくなる中年の発想か。
体を折り、少し顔を近づけて、掠れた声で仁王は囁いた。
「な、柳生、『試合』頑張って、な」
恐らく、仁王の頬は少し赤く染まっているに違いない。
「ええ、勿論です。期待にはお応えしなくては、ね」
柳生も、仁王に応えるように極上の笑みを浮かべた。穏やかそうでいながら人を寄せ付けないあの笑みではない。
試合準備は万端。既に臨戦態勢に入っている柳生に、仁王は勢いよく抱き付いた。

〜Ｅｎｄ〜

以前、「夕海棠」様に相互リンク記念として差し上げました。
ただの馬鹿話のつもりが、何故かストリップに…（笑）
この話、更に前段階があって日記の小ネタとして、ここにあります。
よろしければご一緒にどうぞ＾＾