「ぷれぜんと」

そう、何時の世も、きっかけは些細なこと。
「ソルのバカ！　そんなことばっか言って！」
「違うって言ってんだろうがっ。お前こそ人の話を聞け！」
「嫌い！　もうさせてあげないんだからっ！」
「勝手にしやがれ！」
もはや、何が原因で始めた喧嘩だったのか、当人達ですら分かっていない。
きっと、落ち着いて話せば笑い話で済むような話だったに違いない。
幸せな恋人達の痴話喧嘩など、他愛ない理由のものが殆どなのだから。
ただ、ちょっと虫の居所が悪くて、こじれただけのこと。
それがいつの間にかこんな大事になっていた。
テスタメントは勢い良く寝室の扉を閉めた。
バタン、と派手な音が上がる。
「ふん…まったく…」
その呟きはどちらも洩らしたものだろう。
ソルは居間のソファーにどっかと腰を下ろし、新聞を広げた。
目は活字を追っているが、内容はまるでアタマに入ってこない。
・・・無為な時間が無駄に過ぎた。
テスタメントが寝室から出てくる気配はない。
このまま手持ち無沙汰でここにいても仕方がない。
立ち上がると、ソルは出て行った。
やはり、よくよく考えてみたら自分の方にやや非があったかもしれないのだから、
ここは一つ折れて見せてやるのも男の度量だろう。
それに、やらせてくれない、という一言はキツかった。
ソノ為だけの相手ではないが、好きな相手と一緒にいれば、ソノ気になるのは当然の話で。
嫌がるなら強引にという手もあるが、以前はともかく、今はもうそんな真似はできそうにない。
だから、謝る為の小道具を買いに出かけたのである。
一方、テスタメントはベッドの中で悶々としていた。
寝室の鍵は開けておいたのに、ソルが来る気配はない。
しかし、バツが悪くて今更起きて謝りにもいかれなかった。
ソルが来てくれたら、素直に謝るのに…。
どうやらソルは出て行った気配である。
追い掛けようかどうしようか悩む。
今ここにソルがいないことが、とても淋しく感じられた。
テスタメントの頬を一筋の涙が伝った。

ソルはぼんやりと町を歩いていた。
何かプレゼントと思ったのだが、いざとなると何も浮かばない。
「・・・食いモンか？」
・・・ダメだ、テスタメントはポテトサラダでもあれば満足してしまう。
仲直りのプレゼントがお芋では、色気もロマンもない。
「酒か…？」
ソルの頭の中を、数種類のボトルが駆けめぐった。
が、それは自分の好物である。
テスタメントが飲む酒といえば、精々食前食後のワイン程度。
ワインを提げて帰るのはちょっとカッコイイかもしれないが、需要は低い。
「・・・煙草・・・」
どうしても自分の好きな物しか思い浮かばないソルであった。
ガリガリとソルは頭を掻いた。
「だぁ〜んなっ！　久しぶりぃ」
と、そこへ相も変わらぬ陽気なイギリス人の声。
「・・・てめぇか。消えろ」
にしし、とアクセルは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ん〜、今日は何時にも増してご機嫌斜めみたいっすねぇ。
もしかして、夫婦ゲンカ？！」
「・・・ガンフレイムッ！」
「おわちゃっ！…あっぶねー。…ひょっとしてビンゴ？」
「寝てろっ！」
「うわっとぉ！・・・そりゃないっしょ、旦那」
「・・・てめぇがつまらねぇこと言うからだ」
「あ〜、ごめんなさい、俺様が悪かったです、この通り勘弁です」
アクセルは大仰に両手を合わせて頭を下げて見せた。
こうやって簡単に謝ることができたら、今こんなところにはいないのに。
「…じゃあ、付き合え」
妙なところは察しのいいアクセル、納得した顔でぺらぺらと喋りだした。
「ん〜、やっぱプレゼントっつーと、相手の一番喜びそうなモノでしょ。
例えば、ネックレスとか指輪とかバッグとか…」
「…テスはどれも使わねぇ」
「あ、そ・・・」
森の中にいればバッグなど持って出かける必要はない。
どういう理由でか、装身具の類は余り身につけない。
せめて付ける物と言えば首輪ぐらいだが…。
あれだってお洒落を意識して付けている訳ではあるまい。
「ん〜、じゃぁ、お洋服なんてどうよ？」
「・・・不毛だな」
どうせ買ったところで男物。
まさかライオットを着る訳はないだろうし。
それに、あの戦闘服が一番脱がし易くて似合っているのだから世話がない。
かといって、テスタメントの長身に合う女物は、この辺りにはあるまい。
今からオーダーメイドしても、泥縄にしかならない。
「じゃぁさ、寝間着なんてどお？」
「阿呆か、てめぇは」
基本的に一緒の時は寝間着など何の役にも立たない。
着せて寝たことなんて、片手で数える程しかなかった。
一人でいる時はどうか知らないが、一人の時にお洒落されても嬉しくないし。
脱がせるのがいい、なんて言う奴もいるが、そんな面倒は嫌いだった。
「ん〜ん〜、じゃ、スタンダードにお花とかケーキとか」
「花、か・・・」
それも割と良い考えかもしれなかった。
元々テスタメントは草花が好きだった。
それに、古代から花をもらって喜ばない女はいないと言うではないか。
取り敢えず無難な線で落ち着こうと二人は花屋に足を向けた。
「・・・定休日？」
「・・・マジ？」
二人の目の前に「本日市場定休につき休み」と書かれた札が翻っていた。
「・・・・・・」
ソルは怒ったような足取りで歩き出した。
「あ、待ってよぉ、旦那〜」
慌てて追い掛けるアクセル。
ソルは暫く無言で歩いていた。
そろそろレパートリーも無くなってきたアクセルも、黙々と付いていく。
元来、女へのプレゼントと言っても、そう色々ある訳ではない。
それに、テスタメントは完全な女でもないのだから選択肢は益々狭い。
「・・・あれだ」
ふと足を止め、ショーウィンドウに目をやる。
真っ白でふわふわしたものが、その視線の先に有った。
「え…？　旦那、まさかあれなんじゃ…」
「あれしかねぇ…」
「でも、あれ非売品っしょー」
というアクセルの声など無視して、ソルはその店に入った。
「…どーやって買うつもりかね〜。ま、旦那のこったからどうにかするだろうけど
あ〜、お店の人、カワイソ・・・」
こりこりと頭を掻きながら、店の前で待つこと暫し。
「・・・ブッ」
思わず吹き出したアクセルだった。
ソルは両手で抱えきれないほどの大きな紙包みを担いで出てきた。
しかも、どことなく覚えのあるシルエットをした包みだった。
ご丁寧に大きな真っ赤なおリボンまで結んである。
「・・・あばよ」
「あら、そりゃないっしょ〜。せめて美味しい夕飯ぐらい…」
言いかけたアクセルを、本気の殺気に満ちた目が睨んだ。
あれ、マジ？と内心でアクセルは零した。
「あ〜、はいはい。じゃあ明日行きますからね〜。
テスちゃんに美味しい物一杯作っといてって言っておいてね〜」
邪魔したら殺されかねないと判断して、アクセルは風のように去った。
「ふん・・・てめぇの約束が当てに出来るか」
不定期タイムトラベラーに向けて一言呟くと、ソルは「我が家」への道を辿り始めた。

「・・・ソル、どうしちゃったんだろう。
まさか…私のこと嫌いになっちゃったのかな」
そわそわとテスタメントは室内で立ったり座ったりしていた。
ソルが出て行ってから数時間経つ。
ソルなんか知らない、と思っていたのもほんの数分のこと。
後は、ただひたすら帰ってきてくれるのを願うばかりだ。
あ〜、あんなこと言わなきゃ良かった。
もっと落ち着いて話を聞いてあげれば良かった。
そんなことばかり考えて、気持ちが悪くなったテスタメントだった。
何でもいいから、今は兎に角帰って来て欲しい。
そうしたら、沢山謝るのに。
「ソル・・・早く帰って来て・・・」
テスタメントはソファーの上で膝を抱えた。
ゆっくりと時は流れ、窓の外を大きな夕陽がゆらゆらと横切って、やがて消えた。
灯りを点けようと立ち上がった時、ドアの開く気配がした。
「ソル…！」
何も言わずに入ってくるのはソルしかいない。
テスタメントは駆け寄り、抱きついた。
「ソル、お帰りなさい…！」
ふよん
・・・妙な弾力があった。
いつものあの、硬い胸板ではない。
「・・・ソル？」
と、あの逞しい腕がテスタメントを引き寄せた。
「テス…今戻ったぜ」
耳元で聞こえるのは、紛れもなく、大好きなあの声だった。
「ソル…、ごめんなさい、ごめんなさい…！」
今度こそしっかりと抱きついて、テスタメントは夢中で謝った。
「いや…いいんだ、俺が悪かったぜ」
耳元に落とされるキスが心地よい。
「うぅん、いいの・・・ソルが帰ってきてくれれば…」
うっとりと幸福に酔う。
「だから、よ…その、…プレゼントだ」
テスタメントの腕に先程の柔らかい物が押しつけられる。
途端にぱっぱっぱ、と室内に灯りが灯った。
「うわぁ・・・！」
テスタメントの腕の中に、大きな真っ白なうさぎのぬいぐるみ。
オレンジ色のお洋服がよく似合っている。
純真な目が、じっとテスタメントを見上げていた。
「わぁ〜〜〜、可愛い〜〜〜〜♪♪」
途中で紙包みは捨て、ソルが自分でうさぎの首にリボンを巻いてやったものだ。
「嬉しい、ソル。ありがとう♪」
ちゅ、と唇にキスをすると、テスタメントは嬉しそうにぬいぐるみに頬ずりした。
まさか、ここまで喜ばれるとは思っていなかったソルだった。
「こんなに大きなのがあったなんて。もう〜、可愛い♪」
『まずったぜ・・・』
喜んでくれたのはいいが、自分に注意が向かないのが、ちょっと淋しいソルだった。
その夜。
「テス、ベッドにうさぎを置くんじゃねぇ」
うさぎになんぞ見つめられていたら、アンナ事もコンナ事もできねぇじゃねぇか。
という内心の呟きは隠して、ソルは言った。
「え〜、どうして〜。一緒に寝ようよ〜」
「そんなもんがあったら…邪魔だ」
「だって、折角ソルがくれたのに…」
「俺の寝る場所がねぇだろうがよ」
「ん〜…、じゃぁ、ソルが私の上に寝ればいいんだ♪」
如何にも名案、と言わんばかりにテスタメントは微笑んだ。
「………いいぜ、その言葉、後悔すんなよ」
「あっ…あぁん……ソル・・・」
恋人達の幸せな夜は素早く過ぎていった。

〜後日談〜
結局うさぎの置き場に困ったソルはアクセルを掴まえてきた。
あの無心な瞳にみつめられていると、どうも調子が狂うからだ。
そして、ソルと一緒にうさぎ専用のベッドを作らされる羽目になったアクセルだった。
「あ〜、俺様って不幸な星の下に生まれたのね…」
「つべこべ言わねぇで、とっとと作れ」
「二人とも、お茶入ったよ〜」
午後の陽が、眩しく森の中の一軒家を照らし出していた。

〜Ｅｎｄ〜

******
可愛いカワイイうさぎちゃんのお話（笑）
二人が何故ケンカをしていたのかは、ご自由に想像して下さい。
実は何も考えていないので…（笑）
あ〜ん、特大のうさぎちゃんが欲しいよぉ〜。
抱っこして寝たいな…(*^^*)
あの可愛らしさには、みんなクラクラですよね？（笑）