『あ、柳生〜？　俺、ブン太』
「丸井くん…？　お久しぶりですね」
『やっとつかまったよぉ。なぁ、今度飲み会やるんだけど、来ねぇ？』
「…仁王くんは来ますか？」
『あ〜。あいつは全然連絡取れねぇの。あん時から全然会ってねぇよ』
「…そうですか、分かりました。折角のお誘いですからね。…はい、２４日の…はい、分かりました、７時ですね」
『おう、じゃぁな。柳生に会うのも久しぶりだから、俺、何か嬉しいぜ』
「そうですね。それでは」
柳生は受話器を置いた。
数年の医師としての修行を終え、漸く実家に戻って来た途端これだ。
だが、唯一の懸念が解消されたので、柳生は少しだけほっとしていた。
会いたくない、彼にだけは。まだ…もう少し…。

しかし、柳生の希望は脆くも崩れ去った。
「仁王・・・くん…」
「柳生…」
そこに、彼が、いた。
少し大人びた顔の、でも相変わらず骨張った体つきをした、彼が。
あの後偶然街で会ってさ〜、などという丸井の声など聞こえていなかった。
あれから構築してきた総ての世界が崩壊していく。
ただ、そこにいるのは彼だけで。
飲み会なんて、何をしたのか、何を食べたのかも覚えていなかった。
時だけが過ぎ、心の時間軸は逆回転を始める。
一人去り、二人消え、最後に残されたのは自分たち二人。
問いかけるような目でこちらを見つめる仁王の瞳に、惑わされたのかも知れない。
とっくに終わっていた筈の夢が、再び欠片を繋ぎ合わせようとしている。
二人が向かったのは、少し寂れた場所にあるシティホテルだった。
堕ちていく。真っ逆様に、のめり込むように、柳生は仁王を抱いた。
十数年ぶりの再会から、一気に時を戻したように抱き合い、互いを貪り合う。
細い腕が背に絡み、充分に馴らされた腰が男を誘うように動く。
あれから、どれだけの人間が彼の上を通り過ぎて来たのだろう。
羞じらいもなく、白い躯は奔放に闇に踊った。
狂熱の一時が去り、柳生はガウンを羽織ってソファーに腰を下ろした。
背広から煙草とジッポを取りだし、火を点けた。
一口大きく吸い込む。
「…貴方には会いたくなかった」
紫煙と共に吐き出される言葉に、仁王は少し声を上げて笑った。
「こげんことしといて、か？」
気怠げに躯をベッドの上に投げ出したまま、尋ねる。
その言葉に、柳生は苦笑した。まったく、こんなことになるなんて。
点けたばかりの煙草を、惜しげもなくもみ消すと、仁王の隣に横たわった。
「こうなることが、分かっていましたから」
乱れ髪も悩ましい額に唇を押し当てる。
「もう二度と離したくなくなる…」
耳元で囁いてやると、仁王はくすぐったそうに笑った。
「なん？　俺に未練でもあったん？」
「未練だなどと…」
柳生は喉の奥で笑うと、仁王の首筋に顔を埋めた。自らが付けた赤い痣に舌を這わせる。
「私は貴方を忘れたことなど、一度もありませんよ」
離したくなどなかったのだ、あの時だって。
でも、彼があまりに苦しそうだから。譲ってあげよう、一度だけ。彼の為になるのなら。
柳生の胸の内を読み取ったのか、仁王は柳生の背に腕を回した。
「…なら、俺をその気にさせてみんしゃい」
甘く囁いてやると柳生は少しだけ顔を上げた。
昏い情熱を宿した瞳は、紳士の仮面の奥に隠されている素顔だった。
その目に、ぞくりと背筋を震わせる程惹かれたのは、中学生の時だった。
ぞくぞくする。興奮と快楽とが綯い交ぜになった感情。
「後悔しても、遅いですよ？」
優しい声。その落差も好きだった。
好きで好きで…自分が惨めになった。決して彼には釣り合わない自分が、とても嫌で。
その優しさと激しさに溺れる前に、逃げ出した。
得意のかけひきすら出来ず、一方的に逃げたのだ。
それでも、こんな自分を想い続けてくれたと言うのなら、賭けてもいい。
この偶然という名の機会に。
仁王も、もう一度夢の続きを見たかったのかもしれない。
「よう言うわ。すっかり俺に溺れとうくせに」
唇を歪めるように笑ってやる。昔彼が好きだと言った、自信満々の笑み。
「えぇ、貴方という地獄にね」
激しい口づけ。
躯を撫でる指は、とても繊細でいて、力強い。
的確に弱い場所を責め立てる。
「あっ…！」
唇から零れる嬌声も艶を含み、柳生の欲望を更に煽った。
「仁王くん・・・」
愛しくて堪らないと、壊れるほど抱き締め、口づけを与える。
恍惚と苦痛の入り交じった表情が、とても淫らに美しい。
「貴方以外など、欲しくはなかった…」
仁王以外の男に触れたいと思ったこともない。女を相手にしても、虚しさが募った。
求めているのを認めたくないから、今まで敬遠して来た筈なのに。
どこかで知っていた。会ったら最後だと。本当は、会いたくて堪らなかったのだと。
必死に縋り付いてくるその顔は、有りの儘の彼。
快楽に溺れ流され、誰かに縋りたがっている、仁王の本心だった。
「早う…挿れて…」
肩口にしがみついて、ねだって来る細い声が、とても可愛らしいと思う。
自分の躯は淫乱だから、といつだったか自嘲気味に話していたのを思い出す。
ならば、満足するまで求めて欲しい。幾らでも応えてあげるから。
最も深い部分で一つに繋がる。
その瞬間、新たな世界が瞼の裏に見えた。
「・・・雅治…」
強く激しく揺すり上げる。自分という存在をその躯に刻みつける為に。
「あぁっ…、ヒロ………っ！」
甘ったるい声で自分の名を呼びながら、夜に堕ちていく恋人。
その白い躯を抱き締めながら、柳生も深く闇の底へ沈んだ。

翌日。
殆ど眠らないまま一晩を過ごした二人は柳生家へ戻った。
「お父さん、私は誰とも結婚しません」
「何を言い出すかと思えば。下らん」
「冗談ではありません。現在進行している野々村病院のお嬢さんとのお話はお断りして下さい。行きましょう、仁王くん」
「待て、比呂士…っ！　その如何にも遊んでそうな男は何だ！」
「私の恋人です。では」
「比呂士ーっ…！」
ここに、家族を不幸のどん底に突き落とした紳士が誕生した。

〜Ｅｎｄ〜

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何がイタイって、何もかもです。
質問の合間に入れるだけの小説にこんなに力入れてる自分が。
職場でコレの下書きしてる自分が。
脳内で「犯らせろ」煩い紳士が(笑)…お目汚し失礼しました(^^;;;