「手慰み」

人は、想い焦がれる事を知って弱くなるものだと、初めて知った。
誰かを恋うれば恋うるほど、隔てられた距離が道ならぬ想いに与えられた罰のようにさえ感じられる。
そんな慕情を愚かだと、頭から軽蔑していた己の方が余程愚かだったのだと、三成は今初めて思い知らされていた。

二、三日のうちには大坂に着く、とそう手紙が告げてきた。領内を巡視し、それらの報告も兼ねて、と手紙は言う。
それを受け取って、もう三日が過ぎようとしていた。
今日辺り、左近が着く筈だからと家人に告げた時、久し振りに逢えるのだという感慨が胸を満たした。
一体何ヶ月逢っていないのだろう。逢えないならば逢えないで、仕事に没頭してその様な雑念など思い浮かべる余地もなかったのに、一度意識してしまうと、もう駄目だった。
逢いたい。その一念だけが頭を占めてしまう。
昼間はそれでも人との応対などで忙しく、そんな事を考える暇もなかったが、夜自室に引き取ってみると、脳裏に思い浮かぶのは左近の面影ばかり。決裁せねばならぬ書類を目の前にしても、まるで集中できなくなってしまっている。
待っていた、などとは思いたくない。いや、有能な家臣に会うのだ、これは仕事の一部なのだ。幾度もそう思いこもうとして、失敗した。
「少しも仕事が捗らぬではないか…！」
書き損じた紙を反故にして、くしゃくしゃに丸めて屑入れに放り込む。八つ当たり気味に些か乱暴に筆を置いた。
「左近の所為だ」
左近が、あの様な手紙を寄越すから。一頻り領内の事など書き連ねた後に一言だけ。
一日も早く殿を愛で参らせたく候。
あんな事を書かれては…困る。逢いたかった、寂しかったという意識が消えてくれない。
そんなことはないと否定してみても、何よりも正直なのは心と、躯。
「左近の…馬鹿」
きゅっと悔しげに紅い唇を噛みしめ、三成は灯火を吹き消すと、彼にしては早い時刻だが頭から布団を被ってしまった。
独りで寝る布団は冷たい。それが、こんなにも胸に沁みるとは思ってもいなかった。
思い出す暖かい腕。三成の細身を強く抱き締めて離さぬ腕。
殿、と呼ぶ声が懐かしく思い出される。左近の手はいつも暖かくて、触れていくだけで躯が熱を帯びて行く。優しく髪を撫で、時に強く抱き締めて、耳元で囁きながら巧みに帯を抜き取られてしまう。大きな手が慈しむように三成の白い肌を這っていき、やがては・・・。
「あ・・・そんな、馬鹿な…」
何もせぬうちからかっと火照り始めた躯に、三成は焦った。左近を思い出しただけで欲情するなど、馬鹿げている。
頬に血が上る。そんな妄念は振り捨ててしまえと思っても、勝手に躯は熱を上げていく。
「や…やだ…、駄目だ・・・」
自制を越えて動き出してしまいそうな手を、それでも止める術を三成は持たなかった。
「あっ・・・！」
伸ばした片手が下帯に触れる。既に芯が入り始めたその感触に、慌てて伸ばした手を引っ込める。
おやおや、殿の此処ははしたないですな。もうこんなにしてしまって。
意地悪く低く囁く声が耳元で聞こえるようだ。そう言いながら、左近の手は決して焦って三成に触れようとはしない。
早く、早く…。心は急くのに、三成はいつも言い出せなくて。ただ、左近の黒髪を引くぐらいしかできない。
今はその縋るべき腕はなく。
独りで熱を孕んだ躯を鎮めるのは、己しかない。
「左近・・・早く…」
此処にいない男に、いないからこそ素直に強請る事ができる。己の欲求に応えるように、三成は下帯を解き、ただ脳裏の男に嬲られる感触を思い描いた。
鈴口に指を這わせれば、背筋にぞくりと震えが走る。あの男の指は、意地悪く其処をこね回し、根本をきつく掴んで性急な絶頂を許してはくれない。
「やだ、左近・・・」
己が手で自らを慰撫する。それが堪らなくもどかしくて焦れったい。
左近の指と唇と声が、己をどれだけ惑乱させ悶えさせるか、改めて思い知らされた三成だった。
こうではないと思いながら、手は熱を持ち脈打つ性器から離れなかった。ぬるりと滑る指先が敏感な箇所を刺激して、三成は大きく仰け反った。
「左近・・・！」
大きく足を開き、自らを扱き上げる。既にあられもない姿をはしたないとは思えなくなっていた。
口をついて出るのは愛しい男の名ばかり。
「あっ…！　や、だ・・・左近…！」
ぐちぐちと上がる水音に羞恥心を刺激される。それに伴って、躯の奥深い所が疼き出す。男を受け入れる愉悦を知ってしまった躯は、どうしようもなく貪欲に太く凶猛な楔を求めていた。
一瞬、三成の脳裏を箪笥に押し込めたままの小箱がちらりと掠めた。
左近がお傍におられず、寂しくなったときはお使いなさい、と冗談混じりに渡された淫具だった。
「だ、れが…あのような、もの・・・」
決して使うものかと思いながら、三成には分かってしまっていた。こうやって自ら吐き出すだけでは満足できない、恨めしい程に男を求めている自分の躯に。
「あ、ふっ…んっ・・・」
きつく閉じた瞼の裏では、男が意地悪く笑っている。いつもいつも余裕たっぷりに三成を焦らす左近の手が、欲しい。
狂おしく燃え上がる躯の熱に急かされるように、三成は手の動きを早くした。
さあ、殿…。
促す声が聞こえ、愛しい男の面影を胸一杯に抱きながら、三成は自らの手の中で果てた。
「左近・・・っ！」
自らの躯に飛び散った、罪の証は白い花。淡い紅に染まった躯に、それは淫猥な模様を描いた。
「あぁ…左近・・・」
溜息と共に零れる名は、此処にはいない男のもの。
しどけなく乱れた白い寝間着も悩ましい姿で、三成は放心したように横たわっている。
投げ出された両足は、まだ放埒な形で開いたまま、幻の男の腰を挟んででもいるようだった。
ほろりと一粒、三成の頬を涙が伝い落ちる。
もうじき逢えるというのに、その数日が何故待ちきれなかったのか。悔しくて情けなくて胸が潰れる思いだった。一体いつから、自分はこの様に浅ましくはしたない躯になってしまったのだろう。
まして、あの男が自分を想って自慰をすることなどあるまいと思うだけで、益々自らの弱さが恨めしくなる。元々女が好きな男だし、その気になれば幾らでも若い女を侍らす事ができるだろう。
それに引き替え自分は・・・。
そう思うと遣り切れなくなる。捌け口としての女も求めず、ただ吐き出すだけでは満足できず、あまつさえ、女のように抱かれたいと願っているなど。
左近の手に慣らされ、快楽の底の底まで堕とされてしまった躯は、あの熱い楔に引き裂かれる事を望んでしまう。
逢いたいと想う心に偽りはないけれど、こんな恥ずかしい自分を知られたくないとも思う。
左近が欲しいのならば、そう仰有って下さらねば。
笑いを含んだ声が、耳の奥に囁きかけるようだ。
あの声が、好きだ。どんなに意地の悪いことを言っても、最後には結局優しく甘やかしてくれる、あの低い声が。
甘えたいなどと思っている訳ではない。そう心に否定してみても、あの逞しい腕に抱かれていたいと願う気持ちは変わらなかった。
あぁ…また、躯が燃え立ってくる。
若い躯は満足を知らない。けれど、奥の悦びを覚えてしまった今となっては、ただ自ら淫するだけでは物足りない。
「あぁ…左近」
洩れる声は切なく震え。此処に左近がいてくれたらと思ってしまう自分が、三成には堪らなく呪わしくさえ思えた。
そんな自らを振り捨てるように、三成は声に出して言った。
「左近の馬鹿。左近の所為だ。全部左近が悪い…！」
気恥ずかしさと悔しさと寂しさと切なさと。総てを含めて三成は唇を噛みしめる。
自らの背徳の行いにいくらかの後ろめたさを感じ、その屈辱に三成の心は恋しい男への怒りへと転嫁されていった。
「そうだ、左近が悪いのだ。左近が、・・・巧いから」
いけない。またあの荒々しい愛撫の手を思い出しそうになって、三成は慌てて首を振った。
兎に角、今度逢ったら、嫌みの一つでも言ってやらねば気が済まない。
それでも、近づく逢瀬に胸を躍らせている三成であった。
だが、三成は知らない。その時、襖がほんの少しだけ開けられていたことを。そして、その影に誰がいたのかを。
再会の時は、近い。

〜終幕〜

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お約束のオチがついてしまいました^^;
やっぱり…あんまエロくねぇな…。
寧ろ心象風景を書く方が多かった…。
すいま〜ん、取りあえず逃げます…！

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