「独り遊び」
「んっ・・・」
我知らず洩れてしまいそうになる甘い声を、長政は布団を噛みしめて堪えた。
こんな事をしてはいけない。そう思うのに、夜着の内に忍び込んだ自身の手を止めることができなかった。
切欠は、そう、些細な事だったのだ。
最早慢性化している何処かでの戦。圧倒的に不利と言われた一方に荷担し、見事勝利に導いた集団があったという。
「いやはや、それにしても雑賀の鉄砲という物は、まこと凄まじいですな」
「左様。特に統領の雑賀…孫市と言いましたかな。あれの腕前は鬼神すら撃ち抜くとか」
「我らも、もしやの時は傭ってみても良いやもしれませぬな、殿」
「あぁ、そうだな」
他愛もない、他国の噂話。その中に出て来た一人の男の名が、長政に熱を招来した。
密かに躯を重ねる関係になっていた。どうしてそうなってしまったのか、長政は今も不明だ。
山賊に襲われている村を助ける為に単騎駆け、そうして見つけたのだ。鮮やかに軽やかに、群がり寄る賊を撃ち抜き斬り靡く彼を。
立ちこめるのは濃い血の匂いと、嗅ぎ慣れない硝煙の匂い。動く者のない世界で、彼は一人立っていた。青い空を背に長政に向けた笑顔が、妙に優しくて暖かくて。人を殺したばかりだというのに、陰惨さの欠片もなかった。
その瞬間長政は、恋を、したのだ。
だから、そんな何気ない会話が、あの日の記憶を蘇らせる。
抱き締めてきた腕の強さが、熱い吐息と共に重ねられた唇の感触が、一人寝に就いた長政の躯に熱を灯す。
「あっ…！」
指先が、小さな胸の尖りに触れた。そうだ、あの人はいつも、背後から包み込むように抱き締めて来て。少し乾いた硬い指先がこうやって…。
ぞくり、背を震わせるのは背徳の欲。いけないと思う程に、躯はあの男の熱さを思い出していく。
どれ程触れていないのだろう。
綺麗だよ、長政
耳朶を甘く噛みながら囁く声が言う。耳を震わせるそれは、いつも優しくて、たっぷりと長政を甘やかしてくれる。
こんな風に耳から首筋を、あの唇が這って…。
口に含んで少し湿らせた指先が、我が首をぬめりと這う。紛い物でも快楽は本物で。自らの手だというのに、硬く充血した乳首を摘めば、痺れるような快楽に背筋が震える。
「あぁ…孫市殿…」
くるりと長政は躯を丸めた。背後から優しいあの人の腕が抱き締めてくれるように、片手をそろりと下肢に伸ばす。
下帯の上から触れただけでも、其処が熱く震えているのが分かる。
ほら、もうこんななってるぜ？
優しく笑いながら意地悪く焦らすように根本から先端まで指を滑らす。その動きを朧気に真似ると、躯が益々熱くなる。
「あんっ…ふっ…んっ…」
上がる吐息。下帯を解くのすらもどかしく。
ゆるりと握り込めば、既に其処はしとどに蜜を溢れさせ、更なる刺激を待ち侘びて震えている。
「やっ…孫市、殿…、そこ…」
乳首を指先で押し潰すように転がす。白い夜着の内で、それは痛い程に張りつめている。
性器を握る手に少し力を込めて扱き上げると、ねちりと粘ついた水音が上がった。
ほら、もっと、だろ？
「んっ…もっと…！」
躯の奥が熱い。躯の奥深く迄、あの人を感じたい。
これは、孫市の手なのだ。長政の心を快楽のどん底まで突き落とす、あの大きな暖かい、手。
「あっ…、あぁぁっ…んっ…！」
ゆらゆらと腰が動き出す。自身で施す拙い愛撫の手でも、確実にもたらされる熱が躯の彼方此方で爆発する。
「んっ…や、あっ、ん・・・」
細く引き締まった身を這う手が、孫市の教え込んだ悦びを抉り出していく。
絶頂が近くなると、自然長政の手は動きを緩める。いけないことだと思うのではなく、もう少しこのかりそめの快楽に身を委ねていたいと思うからだ。
まだ、駄目だぜ。可愛い声、もっと聞かせてくれよ。
囁く声が耳元で蘇る。
「孫市、殿ぉ…もぅ、や・・・」
先走りの透明な液体が、長政の手を濡らす。解放の瞬間よりあの熱が欲しくて、躯が疼いた。
快楽に赤く染まった瞼の裏に、孫市の姿が浮かぶ。閨での奔放な姿ではなく、青空を背にした鮮やかな立ち姿。
「あぁっ、孫市殿…！ 好きっ・・・！」
脳裏の孫市に、激しい欲情を感じる。自らの手の内でそれは一際大きく震え、堰かれていた蜜を一気に吐出していた。
びくびくと躯が震える。すっと溶けるように体中から熱が引いていった。
快楽の余韻に放心していた長政だったが、弾んだ呼吸が落ち着いてくると、急激に理性が立ち戻ってきた。
「あ・・・」
己の行為に多少の羞恥と後ろめたさを感じる。撒き散らした精が粘ついて我が手に絡んでいるのが、どうしようもなく恥ずかしい。
慌てて懐紙と手ぬぐいで飛び散った体液をぬぐい取る。
「こ、こんな所に迄…！」
こんな姿を孫市に知られたら、どう思われるだろう。はしたないと言われるだろうか。それとも、色に掛けては並ぶ者のないと自負するあの男は、そんなはしたない所すら可愛いと、笑ってくれるだろうか。
「知られるなんて…絶対に、嫌…！」
赤く火照った頬が、熱い。こんな事を知られるくらいなら、死んだ方がましだとさえ思える。孫市の幻に抱かれて欲情する自分なんて。
恥ずかしさを誤魔化すように、長政はひたすら敷布をごしごしと擦り続けた。
「どうしよう…こんな…」
拭っても拭っても、罪の後は消えない。
布団は明日干そう。敷布は今の内に洗濯所に運び込んで…その前に汚れた手を清めなければ。
けれど、汚れた夜着と下帯はどうしたらよいのだろう。妻との房事ならばともかく、独りでこんな真似をしたなんて。
長政は、布団の上で茫然としていた。
「・・・これも、詮無い事…。長政様、市は…信長政至上ではあれど…長政様のお心を確かめた以上は…孫長もプッシュして参る所存でございますわ…。市は、長政様の妻…夫の快楽を願うが、妻の務め…うふふふ…」
自失した長政の知らぬうちに、隣室では、テレコとスケブを手に、長政の妻お市が、意味不明なことを呟いていた。→ブラウザの×ボタンで閉じて下さい