「悪魔と海」

夏である。
ここリルダーナは、今夏に入っていた。
勿論、夏と言っても毎晩熱帯夜だ、猛暑だという代物ではない。
一年のうち、ほんの２ヶ月ばかり、普段よりも暑い日が続くだけのことである。
しかし、ややもすれば寒冷な程の気候になれた人々には、それでも暑い。
ここにいる、悪魔も例外ではなかった。
「みゃぁぅ〜〜〜、まま〜〜〜・・・」
猫は暑いのが苦手である。
甘えるようにクレイドルの足下にすり寄った。
そして、如何に和解が全く成ったとは言い条、クレイドルも、やはりこの暑さに参っていた。
猫を膝に乗せ、薄暗い室内から一歩も出ようとしない。
ナデューには、それがつまらなかった。
「なぁ、クレイドル〜、出かけようゼ〜」
誘ってみても、イヤだ、の一言で却下。
シトラに作ってもらった大きな氷の固まりを前に、動こうとしない。
「なンだよ〜。オレは出かけて来るゼ」
そう言ってみても
「そうか。好きにしろ」
で終わりである。
一人虚しく夏の空を飛びながら、ナデューは一心に考えた。
どうすりゃアイツと一緒に出かけられるかな。
ナデューは暑いのは苦にならない。
属性が火の所為か、むしろ暑いのは好きだった。
草原で思いっきり狩りをした後に冷たい泉に飛び込む。
サイコウじゃねェか。
しかし、クレイドルは嫌がる。
水浴びは好きだろうが、狩りはこの暑い中ではしない。
ふと眼下に広がる海を見て、ナデューはいい知恵が浮かんだ。
そっか、そうすりゃイイんだよな。
自らの思いつきにわくわくしながら、愛する「妻」の元へと全速力で飛んだ。

ナデューが家に戻ったのは、もう陽も落ちようかという頃だった。
相変わらずクレイドルは部屋でうだうだしていた。
「ナァ、クレイドル。弁当作れ」
唐突な言葉に、クレイドルは細い眉を寄せた。
「…何？　夕食か？　それなら…」
「違うって！　そうじゃなくて、オレとオマエとの弁当だよ」
益々訳が分からない、と言った顔でクレイドルは考え込んだ。
「・・・簡単な物しかできんぞ」
不機嫌そうな声で言う。
尤もこれは今に始まったことではないので、ナデューは気にしなかった。
「あぁ、なンでもイイぜ。オマエが作ってくれるンならよ」
仕方がない、といった表情で立ち上がる。
膝で眠っていた猫をそっとナデューに手渡した。
「おぅ、コッチ来い」
「ぱぱ〜♪」
ナデューが受け取って肩に乗せる。
曰く「コイツはオレとオマエの愛の結晶だから、大事にしねェとな」
ということらしい。
呆れ顔のまま、クレイドルは台所へ向かった。

さて、完全に陽も落ち、ゆっくりと月が昇り始めた頃。
ナデューとクレイドルと猫は、空を飛んでいた。
猫は自力では飛べるはずもないので、クレイドルが抱っこしている。
ナデューが両腕に大事そうに抱えているのは、先ほどの弁当であった。
「全く、何を考えている、お前は。いきなりついてこいとは…」
「イイじゃねェか。こうして夜空を飛ぶのも悪くねェだろ？」
クレイドルは何も言わなかったが、満更でもないのは明らかだった。
やがて二人と一匹が降り立ったのは、波打ち寄せる海岸だった。
時間も時間だから、人影はなかった。
「何だ、海岸…？」
訝しげに眉を寄せるクレイドルの横で、ナデューは持参したビニールシートを敷いていた。
「ナァ、こっち来いよ」
返事も待たず、ナデューはクレイドルの腕を取って引き寄せた。
「なっ…！　うわっ…！」
不意に引っ張られ、バランスを崩したクレイドルは、ナデューの腕の中にいた。
熱い腕がクレイドルの細身を強く抱き締める。
「ナッ、ナデュー…！」
狼狽え、慌てて離れようとするクレイドルの唇を、ナデューはそっと塞いだ。
「んっ・・・・あ…」
クレイドルの全身から力が抜けていく。
ナデューのキスは、いつも熱く激しい。
クレイドルの理性を溶かし、狂わせるほど。
「ナデュー・・・」
潤んだ瞳で見上げると、ナデューは悪戯っ子のように笑った。
この、どうかすると無邪気な程の笑顔が、クレイドルは好きだった。
「ホラ、見てみろよ」
ナデューの指さす方を見返ると、月光に照らされた海面があった。
きらきら　きらきら
寄せては返す、銀色の波頭。
優しい潮騒の音。
まるで、この世にふたりきりになったかのような、光景。
「・・・綺麗だ…」
「あァ…、オマエの次くらいに、な」
コレをオマエと見たかったンだ、とナデューは呟いた。
「夜なら、昼間よりいいダロ？」
クレイドルは、嘗てを知る者が見たら驚くに違いないような笑顔を浮かべた。
「あぁ…そうだな、…とても、いい・・・」
それは、あの夜空に浮かぶ月よりも美しい微笑みだった。
恋人達の夜は、静かに過ぎていく。
二人は、いつまでも寄り添いながら、月に濡れた海を眺めていた。

〜Ｅｎｄ〜

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いや〜、久々のフレグラ。
「二人の夏物語り」です(笑)
猫ちゃんはどこに行ったんだ、とか聞かないで下さい(笑)
相変わらず死にそうなほど幸せな二人(^^)
あ〜、甘々っていいよな〜(笑)