「立海大付属中テニス部の掟」

「のぅのぅ、兄さん、写真買わんか」
「あっ、仁王…！てめぇ、また騙す気だな！」
一人の男子生徒が人気のない廊下を歩いていると、誰もいない理科準備室から呼び止める声。
学生が振り返ると、細身の体に銀の髪をした、何とも言えない色香を漂わせた少年がいた。
「俺が騙す？なして？人聞きが悪かとよ」
「てっ、てめぇ、この間思いっきり騙してくれたじゃねぇか！もう其の手には乗らねぇからなっ」
そう言うと、仁王と呼ばれた少年は年に似合わぬ不敵な笑みを浮かべた。
「そうやったかのう。『可愛か子が舐めまくっとう写真』やろ？」
「って、ネコが毛繕いしてるだけだったじゃねぇかっ！」
少年は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「おまけにあんな可愛い子の写真思わせぶりに見せやがって…」
けらけらと仁王は少年の主張を笑い飛ばした。
「俺はあの女が舐めとうなんち、一言も言っちょらんきに。誤解したんはそっちの勝手じゃ」
「てめぇ〜〜〜！…兎に角、今日は買わねぇからな」
すすす、と仁王は自分よりやや背の低い少年の隣に立った。
わざと体を密着させるようにして、其の手を握る。
「なぁ…一枚だけでもええんよ」
その瞬間、少年の心臓は早鐘の如く打ち出した。
仁王は、何となく押し倒して服を剥ぎ取って犯してやりたい風情のある男である。
勿論、少年に「ソノ気」があるからそんな風に思えるだけなのかもしれないが。
「じゃ…じゃあ、見せてみろよ」
「ならこっち、な」
仁王は少年を準備室に連れ込んだ。
「これ、な。…裸の絡みなんで恥ずかしかとね」
仁王は茶色い紙袋からちらりと一枚の写真を覗かせた。
はっと少年が目を凝らして見ると、それは仁王自身とテニス部部長の幸村であった。
共に男でありながら、どちらも男を超越した美貌と色香を持つ二人。
そんな二人が向き合って、今しも抱き合おうとしている所…に見えた。
確かに見た限り、二人は裸であるようだった。
「…嫌ならええけど」
少し頬を赤く染めて俯いている仁王。
それだけでもタマランと少年は思った。
「しょ・・・しょうがねぇな。今回だけだからな。・・・幾らだ」
にっこりと微笑んで、仁王は指を三本立てた。
「話が早かとね。こんだけで」
むむぅ、と少年は暫くの間考え込んだ。
ここは私立中学で、しかも大学付属だ。何故か分からないが、わりと富裕な家の者が多く、少年もその例に漏れなかった。
中学生の分際で！財布に万札がフツーに入ってるような嬢ちゃん坊ちゃんばかりなのだ。
しかし、そうだと言っても、不意にこの出費は痛い。前に買ったときは、五千円出して仁王に殴られた。
「…もうよか。他の奴んとこ行くわ。これ限定一つなんじゃが…」
少年に見切りを付けたように言い捨てると、仁王は背を向けた。
「あ…！待て、待てよ、買うって！」
少年は慌てて仁王を引き留めた。
「ん、毎度♪」
急にニコニコと機嫌良さそうな笑顔を浮かべ、仁王は片手を差し出した。
其の手に乗せられるフクザワユキチ先生三人。
「ひぃ、ふぅ、みぃ…確かに」
仁王は手にした紙袋を少年に手渡そうとした。
その瞬間、少年の手が仁王の股間を強く握った。
「何さらすんじゃぁ、こんボケェッ！」
哀れなるかな、少年は右の頬を殴り飛ばされて悶絶した。
「ったく、どーしょーもないガキじゃ」
と言いつつ、仁王は少年の財布から、更にフクザワユキチ先生を二人、自分のポケットに移住させた。
「毎度おおきに」
ひらりと其の手から舞い落ちたのは、一枚の領収証であった。

そして、その日の練習中。
「仁王！てめぇ、よくもまた騙しやがったな！」
右の顔面を赤く腫らせた少年が、テニス部の練習中に怒鳴り込んできた。
「何事だ。騒々しいぞ。部外者は出ていってもらおう」
「真田…！いいから、仁王を出せ、仁王を！」
少年は興奮して話が出来る状態ではなかった。
その勢いに驚いて、練習中の部員が集まってくる。
「…うちの部員がお前に無礼を働いたと言うなら、責任は取らせる。おい、仁王、何をした」
「な〜んも。写真買うてって言うただけやけん」
当事者である仁王は涼しい顔である。
「なっ…！てめぇ、よくも…！」
仁王に食ってかかろうとした少年を抱き留めるのは、立海「唯一」の良心、ジャッカル桑原であった。
「何、写真？写真がどうした」
外部にまで「鬼より厳しい」と評判の副部長、真田が険しい顔を更に険しくして問いかける。
「いや、だから・・・」
其処でハッと少年は我に返った。幸村と仁王の、妙にユリユリしい絡みの写真が目当てで買いました、などと言おうものなら、何をどうされるか分からない。
騙したのは仁王だが、騙されたこちらにも応分の下心があったのは明白なのだ。
「あ、その…だから、裸の絡みの写真で…」
少年は手に握りしめていた茶封筒をササッと背後に隠した。
「ふむ、これですか」
ぱっとその茶封筒を取り上げたのは、立海大付属中学テニス部が誇る「じぇんとるまん」柳生だった。
「あっ…！」
「ふむ…何だか良くわからんが、お前は仁王に騙されたと言うのだな。こら、仁王、出せ」
仁王は一見可愛い子ちゃんポーズで小首を傾げて見せた。
「なんね？」
「…どうせお前のことだ、金だろう」
真田は仁王の前にずい、と手を差し伸ばした。
「・・・真田も見かけに寄らず、案外ワルやのぅ。ほれ」
ぴらりと其の手に一万円札が一枚。
「何だ、これは？」
「やけん、上納金」
「バッ、バカモン！」
ぶん、と宙を切る真田の裏拳。それを仁王は身軽くかわした。
煽りを喰らったのは、不運な少年だった。
先程仁王に殴られたのとは逆の左の頬を張り倒される。本日二度目の悶絶となった。
「…真田くん、これを見たまえ」
先程の茶封筒の中身を改めていた柳生が、真田に写真を渡した。
「何…？格闘技の写真か？」
THE・相撲＆THE・プロレスのむさ苦しい肉と肉との絡み合いの写真。それと。
「貴様ーっ！何だ、この写真はっ！！」
仁王が「見せ」として使った仁王と幸村のツーショット。
真田は、ジャッカルが介抱している倒れた少年の襟首を掴んで、ガクガクと揺さぶった。
「それー、逃げろー」
無頓着にも真田が地に落とした万券を拾い上げ、仁王はさっさと逃げ出した。
「待てっ、仁王！こら！」
勿論そんな声などあっさりと無視し、仁王は部室へと駆け込むのだった。

そしてそのまま部活をエスケープした仁王は、部長の幸村が入院している病院にいた。
「あれ、仁王、珍しいね。一人？」
「おぅ、ゆっきー。今日は、ほれ、こないだの」
仁王は先程真田に渡してまた拾ってきた札を渡した。
「あぁ、そうなんだ。うん。ありがとう」
にっこりと花のように微笑む。真のフィクサーは彼なのだ。
「…へぇ、なかなか上手く加工できたじゃないか」
仁王に例の写真を見せて貰った幸村は、満足そうに頷いた。元の写真は、部室で幸村の汗を仁王が拭いてやっているショットだ。撮影したのはブン太。
「そん写真は？」
ふと、仁王は幸村が手にしていた数葉の写真に目を遣った。
「あぁ、これ？ほら、見て」
嬉しそうに仁王に写真を手渡す。それは鬼のような形相の真田の写真だった。
「うげ…。怖っ。俺、今晩勃たんかもしれんのぅ」
「ふふっ…カッコイイだろ？ねぇ、仁王、…格好いいでしょう？」
幸村の声のトーンが一つ下がった。室温が二度ほど下がった気がして、慌てて仁王はコクコクと頷いた。
「そうだろう？こんな顔で責められたら、俺・・・」
相変わらず美しい笑顔を浮かべてうっとりと呟く。
ゆっきーほどの男なら、どんな相手でも思いのままじゃろうに…と思ったが、勿論仁王はそんなことは口にも出さなかった。
「じゃあ、また何かあったら頼むよ」
「あぁ、じゃあまた」
立海大付属、最大の実力者は、やっぱり部長様なのでありましたとさ。

〜Ｅｎｄ〜

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半分実話(笑)
元ネタをくれた、前の会社のオッサン、ありがとう！(笑)
仁王と幸村の絡みは、ユリユリしくて、多分男女どちらにも人気がある。
そんな前提から生まれたバカ話です。

〜おまけ〜
「仁王くん、何であのような真似をしたのですか」
「ん〜、俺将来結婚詐欺師になるつもりでのぅ。予行演習」
「あれは単なる詐欺行為ではありませんか？」
「兎に角、実地練習あるのみ、じゃろ？」
「・・・ならば、妻が不貞を働くのは許せませんが」
「・・・誰が妻じゃ」
「貴方です。勿論」
「…んじゃ美人局でよか」
「それは私のプロポーズを受けてくれると考えていいのですね？」
「・・・プリッ」
お約束の堕ちです(笑)