「三度目の正直？」

全くねぇ、何だってこんなことになってるんだ？
凌統はこの男を前にするといつも思う事を、また考えていた。
何を考えているのか全く分からない。その行動も理解不可能だ。
けれど、今ここにいる男は現実で。ここに、凌統の寝室にいる。
出会いは思いがけない形だった。町を警戒と称してふらついていたら、この辺りでは珍しい北方訛が聞こえてきた。呉の辺りでは所謂「呉音」というやつで、中原の連中とは言葉が違う。だから、他国の人間がいると直ぐに分かるのだが、その人間を見て吃驚した。
こんな所にいる筈がない。一瞬夢か幻覚かと疑ったが、それは紛れもなくあの男で。
詰まらなそうに市を覗いているそいつの手を取り、慌てて自分の宿舎に連れて来てしまったのだ。
だってねぇ、敵国の御曹司ですよ？あんた、正体がばれたら即座に殺されてますよ？
そう思いながら、何故か差し向かいで飲んでしまったのである。
相変わらず酒が入ると饒舌だ。凌統にはよく分からない文学論から、恋人の自慢まで。そんなに自慢なら、こんなところに来なければいいのに。
だが、白い頬がぱっと桜色に染まる姿は、何度見ても圧巻だった。酒は好きだが、回りも早いらしい。薄い耳まで赤くして機嫌よさげに杯を干す姿を見るのは、一種の眼福であった。
そして、暫く経って、曹丕はぽつりと呟いた。
「・・・暑い」
「え？」
突然立ち上がり、勢い良く上衣を脱ぎ捨てると、そのまま凌統の寝台にごろりと寝転がってしまったのである。
「あのね、ちょっとあんた…」
声を掛けると、軽い吐息が答えた。どうやら眠ってしまったようだ。
その後途方にくれた凌統は、心地よさそうに眠る曹丕を肴に飲みながら、どうしたものかと思案していたのである。
上等な絹の袷から覗く素肌も薄紅に染まり、乱れた黒髪が頬に影を落としている。それは、とてつもない誘惑であった。
「俺も、酔ってきたかな…」
飄然と呟いた。何しろ前回は、折角味わいかけた美味を半端に逃してしまって、全く良いところなしだった。その雪辱といこうじゃないか。誘ったのはそっちだからな。
ふらりと立ち上がる。崩れた衣装を脱がせるのは簡単だった。
「ん・・・」
夢現の中で、その手が何かを払いのけるような仕草をしたが、それだけだった。
薄明かりの中に、赤く染まった裸身がさらけ出される。いっそ見事なほどに染まる躯が、艶めかしく横たわっている。
「これで断ったら、男じゃないっしょ…」
誰にともなく言うと、凌統も衣服を脱ぎ捨てた。
躯を重ね、引き締まった躯の線を唇でなぞる。冷たい肌は、今は酒のせいでほんのりと暖かい。
「ほんと、馬鹿みたいに綺麗だね…」
うっかりと素直な感想を口にしてしまうほど、それは、確かに美しかった。
「・・・当然だ」
「・・・・・・あんた、起きてたの」
不意に頭上から投げかけられた声に、数度瞬きを繰り返す。酔って前後不覚に眠りこけていると思ったのは、間違いだったようだ。
「あの程度では眠らぬ」
冷笑的な声は、どこか誘惑に成功して喜んでいるようにも聞こえた。不敵な笑みを浮かべ、曹丕は己の上に乗る男を見下ろしていた。
「…で、どうする？　続き、してもいいのかい？」
答えぬまま、曹丕は長い足を凌統の腰に絡めてきた。
あれれ、前回はあんなに嫌がったくせにね。
そうは思うものの、お許し頂けたようだから、遠慮などしても詰まらない。
ゆっくりと優しく躯を撫で、弱い部分を探す。脇腹に首筋、耳朶、足の付け根、肩口。意外なほど、素直に感じる躯。指が、唇がどこかに触れる度、小さくぴくりと跳ねるのが、可愛いなどと思ってみたりする。
そのくせ、声は殆ど上げない。掠れた吐息が静かに零れるだけで、それにもまたそそられてしまう自分が愚かだと、凌統は嗤った。俺、相当酔ってるな。
「あっ・・・！」
初めて聞いた切羽詰まった声は、思いの外可愛かった。
慣らされた体とは言え、やはり男を受け入れるのはつらいのだろう。凌統の肩を掴んだ指先に力が籠もった。
「へぇ…可愛い声出すじゃないのさ」
「…黙れ」
一度は酔いの引いた白皙に、再びうっすらと朱が上る。
ぞくぞくする程残酷な欲望が、その時凌統の胸に芽生えた。この取り澄ました顔を乱し、泣き叫ばせてみたい。
普段は全くそんなことを考えたことなどないが、この彫像の様に美しく整った顔を見ていると、そんな想いを感じてしまうのだ。美しい物ほど、無惨に叩き壊してやりたい。
凌統は曹丕の両脚を肩に担ぎ上げると、深くその身を穿った。
「あっ…くっ…！」
「ほんと…良い躯してるね、あんた…」
其処はきつく凌統を締め上げながら、密かに息づいて凌統を迎え入れる。一つの意思の下に、緩やかに蠢き、男を追い上げていく。
深く突き上げると、曹丕の躯が大きく撓った。
「此処…いいんだ」
「あっ…あぁ…！」
どうやら意識は簡単に快楽に飛ばされてしまったらしい。いつもの皮肉げな言葉もなく、凌統の背に縋り付いてくる。
合わされた胸から互いの鼓動を交わす。乱れた吐息の下、寝台が大きく軋んだ。
「あ…、こ…う・・・」
「ん？　そんなにいいのかい、子桓様」
首筋に噛みついてやると、逃れようとするのか、躯がずり上がる。それなのに、長く均整の取れた腕と足は凌統の躯に絡みついて離れない。更に深く求めようというのか、腰が淫らに揺れた。
「あっ…、公明…！」
その瞬間、凌統の眉がぴくりと動いた。
「何、誰のこと見てんの」
快楽と酔いに潤んでいた瞳が、蒼い光を宿して凌統を見つめていた。にやりと笑う顔が憎らしい。
「何をお望みなのかな、この王子様は」
乱れた長い黒髪を手に巻き付け、ぐっと上に持ち上げる。痛みに、美しい顔が歪んだ。
「さて・・・」
それでも動じない声で曹丕が返す。分かっていて挑発しているのだ、この男は。
「俺の名前、呼びなよ」
「言わせてみるがいい」
「うっわ、可愛くねぇの…」
男にとって、抱いている相手が他の男を思っているのは何よりも悔しいものだ。こいつとは恋人でも何でもないけれど、良い気分がしないのは確かだった。
すると、曹丕は両腕で凌統の首を抱き締め、唇を合わせた。貪るように舌を絡ませる。
密着する躯。凌統を深く飲み込んだまま、離れぬようにその足で腰を絡め取り、今までに経験したことのない淫らさで腰を揺らした。大きく波打つように動く腰が、凌統から快楽を絞り出す。
このままでは逃げ場がない。捕らえたつもりが、捕らわれて。執拗に絡みついてくる白い躯は、底なしの快楽を凌統に与えた。
これでは、どちらが攻められているのか分からない。
忙しく零れる吐息はどちらのものだったのか。
成る程ね、酒乱で淫乱…これじゃ誰も敵わない筈だ…。
どこまでも突き抜けていく快楽の果てに、凌統はぼんやりとそんな事を思ったまま、夜に果てた。

翌朝、目覚めてみれば、夢でも幻でもなく、隣では曹丕が眠っていた。
昨夜の激しい情交に疲れたのだろう。凌統が起きあがり、身繕いをしている間も、起きる気配はなかった。
途中、途切れ途切れの記憶の中で、曹丕は本気で叫んでいた。演技でも挑発でもなく、恋人の名を。
恐らく、あの男はいないのだろう。こんな、必ずどこかで戦が続いているような時、「魏の五将軍」などと言われる男が、手持ち無沙汰で放っておかれる筈がない。
その躯は男の肌を求めてやまず、かといって、女を抱いても満足できず。前線へ馬を走らせる事も考えたろうが、曹操の跡目を継ぐ者として、そんな奇矯な行動を取る事もできなかったのだろう。それだからと言って、何故凌統の元へ来る必要があったのか。
考えるほどに分からない。正解を見つけたような気がしても、すぐに自身の答えを打ち消していく。
そんな事を思っていると、漸く曹丕も目覚めたようだ。
蒼い目をぱちりと開くと、暫くぼんやりと周囲を見回していた。見知らぬ寝台、見慣れぬ寝具、裸の自分。それらが有機的に結合するまで、少し時間がかかった。
「お目覚めかい、王子様」
「・・・・・・公績」
先ず見ることはないだろうと思っていた、寝ぼけ顔の曹丕。まだ眠いのか、片手で目を擦っている。案外、可愛い。
「全くね…あんた、自分が何をしたか覚えてるかい？」
「まぁ・・・」
口ではそう答えたものの、朝が弱い曹丕は、まだ記憶がはっきりとしていなかった。正気を保っていたつもりでも、やはり昨夜は相当酔っていたようだ。宿酔いか、頭がズキズキする。
「で、あんたどうするんだい。俺、軍務があるんだけど」
「…寝たら帰る」
とてもではないが、今は馬に乗る気分ではない。
「・・・やれやれ。あんた、何考えてるんだっての」
口ではそう良いながら、凌統も強いて帰らせようとはしなかった。呆れたように肩を竦めると、仕事に出かけようと背を向ける。
曹丕が再び布団に潜り込んだ気配を感じると、くるりと踵を返し、その耳元で囁いた。
「あんたさ…、俺のものになりなよ」
「…私は、お前を私のものにしようとは思わぬ」
「何、それ。俺は結局当て馬かい？」
布団の中から曹丕の蒼い目が微かな笑いを含んで凌統を見上げた。
上体を起こし、唇を触れ合わせる。
「このような関係で、良い…」
「あんた、本当に我が儘だね」
「・・・あれは、そこが良いと言うぞ」
「今度は惚気かい。最悪だっつの」
少しだけ、曹丕が笑った。
まぁ、こんな関係も悪くない、などと凌統も少しずつ思い始めてきていた。だが、やはり素直にそう言うつもりはなかった。
気紛れの遊びなら、こっちも気楽に行くとしますか。
後腐れなく、さっぱりと。それがいつまで続くかなんて、神でも計り知れない事。
今は、この戯れの流れに身を委ねておこう。

〜終　　幕〜

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さぁ、とうとうやっちまいました！
一度くらいはちょっと格好いい凌統を…。
と思ったんですが、あんま格好良くないね（笑）
それにしても御曹司…素晴らしい方だ。
今回は神が一言私に囁いたので、こんなことに。
「酒乱で淫乱」この一言です（笑）
凌統のシリーズは、一応これで終わりで〜す。
・・・多分ね、ネタがあれば分からないけど。
ご感想お待ちしております＾＾