「Ｆｉｒｓｔ Ｓｔｅｐ？」
まだ昼間の日差しの暑さが残っているコートに横たわる。
背中からジワリと熱が伝わって、暫くすると額に汗が浮いてきた。
「何しとるん？」
声を掛けられるまで、近づいてきた事に気が付かなかった。
視線を動かすと、立っていたのは現在恋人の名乗りを上げている忍足謙也。
顔もスタイルもいい、頭の回転もいい、金もそれなりに持ってる。
取り敢えず、欠点らしい欠点は無し。
「うん、空…見とる」
「空ぁ？…まあ、蔵のする事は時々解らんけど…楽しいん？」
謙也は傍らに屈むと、視線を空に向けて、理解不能といった表情をしながら呟く。
「楽しい。こうして見とると、空も手に入った気になるん」
説明を聞いてもまだ解らず、謙也は首を傾げて、蔵ノ介の顔をジッと見る。
「視界の全部が空。…背中は地面が守っとるから」
そんな様子を見て、蔵ノ介は微かに笑うと、謙也に解るように、だが短く説明した。
説明の後、もう一度、視線と意識を空に向ける。
「…せやったら、こうしたらえぇんやない」
少しの間を置いてから、突然腕を掴むと、蔵ノ介の躯を起こした。
そして、そのまま膝に乗せ、蔵ノ介がしていた様に横たわった。
「な、この方がえぇ」
「寝にくい」
「んー、そこは我慢してな。…だってなぁ」
背後から伸びた両腕が、蔵ノ介の躯を強く抱き締める。
強い力に、苦しい、と思ったが何も言わず、蔵ノ介はされるままになっていた。
「だって…何やの」
「蔵の背中護るん、俺だけにしといて欲しいわ。コートにまで嫉妬させんで」
言い終え、首筋に何度もキスをする。
擽ったくて、手で止めさせようとしたが、不自由な体勢の所為で続けられる。
「ただでさえ、蔵の事狙っとるヤツ大勢居るん。これ以上、妙な嫉妬はゴメンや」
謙也にしては珍しく、抑揚のない声で囁く。
どんな顔をしているのか、見たかった。きっと、照れて顔は赤いに違いない。
「こないな美人、恋人にするんやし…多少の嫉妬は覚悟してたんやない？」
小さく笑うと、抱き締める腕を取り、軽く指先を銜え、舐めた。
それは、躯を重ねた後にいつも蔵ノ介がする行為。ややあってから、謙也が声をかける。
「…空も手に入れて、満足したやろ。そろそろ帰らんと。送り狼が出ても知らんよ」
何とか普段通りの声音にしようとしているのが、蔵ノ介には解っていた。
その気にさせてしまったのだろう。本能を抑えようと理性が頑張っているが、無理らしい。
素直と言うか、何と言うか。自分に正直。これは、長所なのかと考える。
「なぁ、今日、泊まってもえぇやろ。謙也の部屋から見える空も、俺のものにする」
抱き締める腕を解き、上半身を起こすと、蔵ノ介は上から謙也の顔を見た。
自分を見下ろす視線と言葉の意味を理解したのか、態とらしく大仰な台詞を返す。
「仰せのままに」
謙也はいつも蔵ノ介が満足する答えを返してくる。
明日辺りから、もう少し待遇を良くしてやってもいいか、と立ち上がりながら蔵ノ介は考えた。
今夜、謙也の部屋から見える景色も自分のものになったら。そうしたら、もう少し。
「努力次第で何とかなるもんやね」
振り返って顔を見ると、謙也はまた理解不能といった顔をして蔵ノ介を見ている。
「忍足謙也のレベルが、１、上がった」
蔵ノ介は楽しそうに笑うと、まるでＴＶゲームのフレーズの様に言い、謙也を置いて歩き出した。
その謙也は、唐突な台詞にますます混乱し、蔵ノ介の背中を見ながら、頭を掻きつつ呟く。
「やっぱり……解らん子」