「ピアス」
暗闇の中、薄暗い灯がぼんやりと灯っている。
蝋燭の光の届くぎりぎりの範囲に一つの影。
「呪縛」の悪魔、クレイドルである。
寝台の端に腰を下ろし、じっと闇に目を凝らしていた。
視線の先には大きな姿見。
無駄のない筋肉、しなやかな若い体。
鋭い目つきに尖った耳。
暗い色調の衣服、蛇を思わせる髪飾り。
これだ。
これこそが俺だ。
薄い唇に満足そうな笑みが微かに浮かんだ。
あのひ弱そうな天使の面影などどこにもない。
俺の選択に間違いはなかった。
内心、大いに満足し、うっとりしているクレイドルだった。
だが、そこでふと気付く。
まだ、何かが足りないのではないだろうか、と。
鏡に映る自分の姿に、もう一度視線を投げかける。
我ながら完璧だと思う姿、でも、何かが足りない。
………。
ピアスだ。
横に尖った耳には現在３対のピアスがぶら下がっている。
シンプルな銀の環だ。
しかし、３組ではダメだ。
クレイドルの脳裏に、一人の男の顔が浮かんだ。
ナデュー、褐色の肌と鋭い目を持つ「破壊」の悪魔の顔だった。
あいつも、「３対」のピアスをしていた筈だ。
あの男にだけは、絶対負けたくない。
はっきり言ってそんなつまらないことで張り合ってどうする、と思う。
だが、これはクレイドルのプライドの問題なのだ。
何故ならこの世界ではピアスは「自分の手で穴を開ける」ものだ。
つまり、それだけ痛い思いを耐えたことになるのである。
まあ、強さの証明のようなもの、というワケだ。
・・・・・・。
クレイドルは長い指で一本の針を取り上げた。
鏡の前に立ち、さて、どの辺りに穴を開けようと思う。
けれど、困ったことがある。
それはクレイドル自身は「痛いのが嫌い」だということだった。
この３対だって、なんとか落ち着いてきたばかりだし。
やっぱり止めようか、…だが…。
鏡の前で針を手にしたまま、クレイドルは暫し逡巡した。
…やっぱり、止めよう…。
「ナニやってンだよ、クレイドル！」
！！
ぐっさり。
「き、…貴様…！」
振り向いたクレイドルの視線の先にいたのは、やはりナデューだった。
「お、何だ、面白ェことしてンじゃねェか」
クレイドルの右の耳には、見事に針が突き刺さっていた。
これが、クレイドル「４対目のピアス」の始まりであった。
