「One DAY」

「なぁ、ブン太。俺、今朝痴漢に遭ったがよ」
「えぇっ？」
昼食時の屋上。いきなりのチームメイトの台詞に、丸井ブン太は盛大に声を上げた。
「マジかよ？案外痴女とかじゃね？」
興味津々と言った顔でブン太は仁王を見た。
中学生とは思えない、妙な色気がある仁王ならさもありなん、と内心秘かに納得してみたりする。
眉を寄せて何やら思案していたが、仁王は首を横に振った。
「や、あの手の感じは男じゃの」
「えぇ〜。何処触られたんだよ」
「ケツ」
はぁ〜、とブン太はバカみたいに仁王を見るばかりだ。
小柄で可愛らしい感じのする丸井は、お姉様みたいなのにモテる。
「痴女なら、俺も遭った事あるけどな」
「なかなかしつこか男やったの。そんで段々…」
丸井が弁当の事も忘れて身を乗り出してくる。
色気より食い気が勝る丸井と言えど、友人の下ネタには興味があるらしい。
「何々？　そんでホテル連れ込まれたとか？」
大きな目が何かを期待するように輝いている。
仁王はにやりと笑って言った。
「阿呆。そげん事しよらんがよ。もう、せんがの」
嘗ての仁王は、相手構わず、などという悪評を戴いていたものだ。
しかし、丸井は知っていた。今、仁王には想う相手がいることを。
融通の利かない、面白みのない男だが、友人としては信頼できる男、柳生比呂士に。
丸井はその想いを否定する気はないし、どちらのことも好きだった。
ただ、初めて仁王が抱いたらしい一途な想いを、応援してやりたいと考えているだけだ。
嘘と誠どころか、嘘だらけの生活をしていた仁王が、百八十度生活を改めたのだ。
当人も、遊びだと割り切っていた筈なのに、いつの間にやら木乃伊取りが木乃伊になったようで。
可哀相なほど初々しい感情に、仁王自身戸惑いを隠せないらしい。
「で、そいつ、どうしたんだよ」
「潰した」
「え゛…？まさか、アレ？」
こくこく、と仁王が頷いた。
「まぁ、暫く使いモンにならんじゃろうがの」
うわぁ…と顔面蒼白になる。食欲も失せようと言う物。
中学生とは言え、テニスプレーヤーだ。握力は成人男子も上回る。
丸井は不運な男に、心の中で合掌した。ジゴージトクって奴だよな、なんて呑気に思いながら。
そして食事の済んだ二人は、さっさと弁当箱やらビニール袋やらを片づけた。
昼休みは残り半分というところか。
ふと、仁王が何か悪戯を思いついたような笑みを浮かべると、丸井の隣に腰を下ろした。
「そうそう、こげな感じでの、触りよったのう」
仁王の手がさっと丸井の股間に伸びた。手慣れた風にしなやかに動く。
「わぁっ！止めろって！俺、柳生に殺される…！」
くすくすと笑う、仁王の表情は昼時とは思えない程淫らだった。
「安心せぇ。俺は奴以外では勃ちよらんけん」
「そーゆー問題じゃねぇっ！俺のコレはジャッカルのなの！」
慌てて股間を抑える丸井。
「よかろ、ちくっと触らせぇ」
「ふざけんなっ、スケベ！変態！」
「なん言うと。きさんも人ん事言えんじゃろうがよ」
言い争いは何時しか取っ組み合いになり。
二人は抱き合うようにごろごろと屋上を転げ回った。
それも、所詮は他愛もないじゃれ合いでしかない訳なのだが。
「どうだ、参ったか！」
最終的に、丸井が仁王の腹の上に跨る格好で抑え付けた。
「重いわ、どきんしゃい」
「もうしないか？」
仁王の手を押さえ、丸井が聞く。そこに。
「仁王くん・・・」
「あ、柳生」
「げ！」
恐る恐る丸井が振り返ると、昇降口に立つのは紳士の異名を持つ男。
天気の良さに誘われて、屋上で本でも読もうとして来たに違いない。
その手から、ばさりと文庫が落ちた。
その時の柳生について、目撃者のＭくん（１５）はこう語る。
「俺、生まれて初めて鬼を見たよ…」
紳士は、その名に恥じない優雅な物腰で足下の本を拾うと、ぱっぱと埃を払った。
くるりと踵を返す。
「待てよ、柳生！誤解だって…！」
慌てて仁王の上からどくと、丸井は柳生の後を追った。
絶対にあの顔は何かを誤解している。
独り取り残された仁王は、青空に視線を投げると、楽しそうに喉の奥で笑った。
「面白か事んなりそうやの」
流れる雲だけは、何も知らずに白い。

〜to be Continued〜

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次回「紳士はネクタイプレイがお好き」！
乞う、ご期待！(笑)
…ごめん、嘘(笑)
そして、こっちも使い廻し。
最近筆が遅くて…。