いつだって、捨てられると思っていた命。
限りある、人の世の定めから外された人生。
闘い続けねばならないのが運命。
人並みの喜びなんて、どこにもない。
だから、ただ明日の為子孫の為に戦いを続ける。
その礎となって消えていくのだと。
けれど、今。

「あぁ…逝きたくねぇな…俺、まだやりたいこと、あったんだぜ…もっと、お前と…」
もうそれ以上は言葉にならなかった。言う必要のない言葉だった。
「いやだ、逝かないでくれ、兄さん…！」
美しく整った貌を涙で濡らし、必死に兄の胸に縋って泣くのは、
今臨終の床に就く人の弟だった。
今、この部屋には他に人はいない。
遺言は既に済ませた。
末期にあたり、最愛の弟と二人だけで別れさせてくれとイツ花に頼んだのだ。
「バカ…違うだろ……最期まで間違えるなよ…」
嘗てよりぐっとやせ細った腕が布団から差し伸ばされ、弟の緑の黒髪を撫でた。
「…貴也…」
「そう…だ…よくできました」
弱々しく掠れた声でそう言うと、貴也は透き通った微笑みを浮かべた。
「いやだ…どうしてこんな…！」
詮無い運命への繰り言。
切実で、決して聞きどけられることのない願い。
「いいか…俺が死んだら、お前が当主になるんだ、弥雲…」
「俺が…？　どうして？　貴也がいないのに、どうして俺がそんな…」
駄々をこねるように首を激しく横に振る弥雲を、貴也はそっと抱き寄せた。
「俺は…他の誰でもない……お前に継いで欲しいんだ…
一月でも、二月でもいいから…頼む、弥雲……お前と同じ立場に…いたいんだ…」
弥雲は涙に濡れた切れの長い瞳を兄に向けた。
哀しみが一層悲痛にその美を彩っていた。
何よりも代え難くこの兄を想っている、その想い故に深く傷ついている瞳。
「………分かった、貴也が、そう言うのなら…」
兄は大きく胸の奥から息を吐き出した。
最早呼吸をするのすら大儀であったが、
別れに際して言わねばならぬことが沢山あるような気がする。
自分がどれ程弥雲を愛しているか、どれ程感謝しているか。
何一つ伝え切れていない。
それなのに、もう言葉が思うように出てこないのがもどかしくてならない。
考えることはできても、その思いをまとめることができないのだ。
「弥雲…顔を見せてくれ……お前の顔を覚えて逝きたいんだ…」
忘れたくない、その面影だけは。
ただ一つ地獄に持っていかれるものがあるとしたら、それだけを望むだろう。
毅然として整ったどこか冷たく硬い美貌が、別離に傷ついて貴也を見ていた。
一見柔らかで優しげに微笑んでいる貴也とは似ていない、だから惹かれたのだろうか。
「貴也…離れたくない。…俺は、こんなに貴也を愛しているのに…」
短命の呪い、生まれ落ちて僅か二年も生きられない定め。
それでも、人の思いも及ばぬほど激しく戦い、生き抜いてきた人生が、
今、繚乱と散華しようとしていた。
「弥雲…俺の弥雲……俺も…愛している………
お前に会えて…よかった…地獄で待ってるから…ゆっくり、来いよ…」
「貴也………！」
激しく弥雲は兄と唇を重ねた。
せめて、何もかもを抱いて逝って欲しかった。
今互いの温もりだけが全てなのだからと。
二人の胸の内に溢れる想いは同じだった。
愛している、決して忘れない。
やがて、肩に回されていた兄の腕から力が抜け、するりと滑り落ちた。
そうして、弥雲は貴也の臨終を知ったのだった。
「貴也……俺も、すぐにいくから…」
弥雲に残された命は、ほんの数ヶ月でしかないけれど、
それは永劫にも等しい時間に感じられた。
愛を抱いたまま独り生きる時は、余りにも辛く重いものでしかなかった。
癒すことも新しい愛を探すことも出来ずに終えねばならない、
血みどろの時間だけが弥雲に残されたものだった。

IGHIA.Lied

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最期の別れ。
こんな風だったら…という気がしただけ。
すぐに失われてしまうと分かっていても、
愛し合わずにはいられなかった、そんな二人の想い。
こんな二人が好きです。