何故自分は此処にいるのだろう。
もう二度と戻るまいと思っていたのに、足は勝手に自分を運んできた。
檻のような部屋、看守の様な男、恥辱に耐える生活。そんな物だけが待つ「愛の巣」なんて。
「仁王くん・・・！」
インターフォンの向こうから狼狽した男の声。驚きと喜びと怒りとが混在している。
「今、下なのですね。あぁ、待っていて下さい、直ぐに降りて行きますから」
待つほどもなく、最上階からエレベーターが下りてくる。
ドアが開いた途端、腕を掴まれ、エレベータに引きずり込まれる。
一瞬で、仁王は男の腕の中にいた。
「貴方は…」
男の声は少し震えていた。もしかして、泣いているのだろうか。
あり得ない、と仁王は思った。自分の為にこの男が泣くなんて。
殆ど抱き上げんばかりの勢いで、柳生は仁王を部屋に連れ込んだ。
ガチャリと鍵の掛かる音。ここは、この男の城だ。
仁王の為だけに作り上げられた、柳生の城。
何一つ変わっていない部屋。空々しいほど整然としたリビングと、愛欲に狂った寝室と。
何もない。仁王を愛撫し、啼かせる為に必要な物以外は。あるのはせいぜい二人分の食器ぐらいだ。
茫然と立ちつくす仁王の背後から柳生が言った。
「脱ぎなさい」
冷たい命令の声に、仁王は大人しく従った。
背を向けた仁王の体から、一枚一枚衣服が落ちていく。
白い躯がすっかり露わになるのを、柳生は満足そうに見つめた。
「美しいですよ、仁王くん」
背後から抱き締めると、腕の中でくるりと仁王は向きを変えた。
「ひろ・・」
縋るように抱き付いてくる。
愛おしくて、どうしてやろうかと思う。こんなにも愛させた彼が、いっそのこと憎いとさえ思ってしまう。
彼の総ては、自分のものなのだ。他の誰の目にも触れさせたくない。
「仁王くん、貴方は酷い人だ…」
こんなにも醜く肥大した、彼への愛。
こんな醜悪な想いに囚われ、気付かされる。愛とはどれ程のエゴなのかと。
「貴方がいなくて、私がどれ程心配したか、分かっていますか？」
愛している。愛しているから、何処へも行かせない。
その為に、柳生はこの「城」を作った。
「俺、逃げたくて・・・」
腕の中に、彼の温もりがある。それだけで、言い様のない安堵を柳生は感じていた。
「でも、戻って来た…」
「…分かっています。貴方は私から逃げられない。…いいえ、決して逃がしはしない」
幼い日から、まったく成長していない想い。
こうして閉じこめておかなければ、不安で柳生は息をすることすら忘れそうだった。