「嫉妬」

「おい。柳生、どうにかしてくれよ」
「おや、ジャッカルくん。どうしました、私に何か？」
「何か、じゃねぇよ！仁王だよ」
昼休み、柳生の教室にやって来たのはジャッカル桑原。
「仁王くんですか？今日は来てないですね」
「あいつ、変なんだよ。お前、恋人だろう？何とかしてくれよ」
そう言うと、柳生は紳士然とした整った笑顔を浮かべた。
「えぇ、そうですが、仁王くんの総てを支配している訳ではありませんからね」
嘘吐け！と思ったが、賢明にもジャッカルは口にしなかった。
「ぎゅう君！お前何やったんだよ！」
次に飛び込んできたのは丸井ブン太だった。
「今度は丸井君ですか。何かありましたか？」
「仁王の奴、俺にセクハラすんだよ！ブンちゃんの躯はぷにぷにして気持ち良かね〜、とか言っちゃってよ！俺の躯触りまくんだぜ！」
丸井は本気で腹を立てている訳ではないようだが、嫌がっていることは確かだった。
「そうですか。それは是非私も見たかったですね」
「何言ってんだよ！」
というのは丸井とジャッカル二人のツッコミである。
「柳生先輩〜！」
そこへ三年の教室に半泣きで飛び込んで来たのは、後輩の切原赤也だった。
「これは珍しい。どうしたんですか？」
「仁王先輩がおかしいッス！あの人、俺の教室来て無駄に色気振りまいて、クラスの奴ら挑発しまくってんスよ〜。クラスの男、すげー興奮しちゃって…俺、恐いッス。あの人、せくしーびーすとッスよ〜」
昼の教室は大騒ぎだった。
「ふふふ…。仁王くんには何か考えがあるのでしょう。私に言われても困りますね」
結局三人が柳生から得られた回答はそれだけだった。

そして、放課後の練習時間。
「柳生、仁王は具合が悪いと言って帰ってしまった。今日の練習メニューは変更だ」
「そうですか…。それは残念です」
さして意外そうでもない柳生に、参謀・柳は幾分躊躇いがちに口を開いた。
「森山千夏、という女を知っているだろう？」
「・・・あぁ、Ｃ組の学級委員、でしたね、確か」
一瞬、冷笑の様な物が柳生の頬を掠めたのを、柳は見逃さなかった。
「彼女と、何かあったのか？」
「おや、何故です。彼女と私と、何の関係があると？」
「…お前が彼女と付き合う、とあいつの取り巻きが大騒ぎをしていた」
そこに仁王の不機嫌がある、とは柳は言わなかったが、無論柳生もそれは察していた。
すると、柳生は薄く整った唇の端をきゅ、と吊り上げて笑った。それは、酷く冷酷な笑みに柳には見えた。
「もう、そんな噂が立っているのですね」
「・・・本当か？」
「…彼女はね、私の仁王くんに告白したのですよ。けれど、仁王くんは断った…」
柳は小さく頷いた。柳生の言わんとしていることを、多少推測できたからだ。
「確かに、森山は美人で成績も良い。取り巻きもいる。モテる方だろうな」
「美人…？　私の仁王くんに比べたら、あんな女など塵芥の様なものです。そんな女が、事もあろうに私の仁王くんに取り巻きになるように強要し、断ったら手ひどい罵言を投げつけて侮辱したのですよ？　許せると思いますか？」
「・・・黙って言われている仁王でもあるまい」
柳生は分厚い眼鏡を押し上げながら、更に言葉を続けた。
「仁王くんの総ては私のものです。今だって、衆目に晒すのを耐えているというのに…それをあのような女が…、許せませんね」
それは、嫉妬という名の静かな狂気だった。水のように穏やかな外見からは想像も出来ないほど、激しく狂おしい想い。
「…それで、森山をどうするつもりなんだ？」
諦めたような溜息を吐いて柳は尋ねた。柳生は狂気に走っても犯罪には走らないと信じているが、何をするつもりなのかだけは問い質しておきたいところだった。
「どう…？さぁ、どうしましょうね」
楽しそうに柳生は笑う。世間の誰もが紳士的だと思うような笑顔の裏に、渦巻く嫉妬があった。
「・・・まぁいい、深くは聞かないでおこう。部に迷惑だけは掛けるなよ」
「当然のことです。…それに、私が彼女と親しくなった振りをすれば、仁王くんも私にヤキモチを焼いてくれるでしょうからね。とても、可愛いんですよ」
奈落を、柳は感じた。
『何よ、折角私が声を掛けてやったのに…！あんたなんか男なら誰にだって足開く癖に…！』
『・・・なら、お前さんも俺と一緒じゃのぅ』
「酷い侮辱ですよね、仁王くんは私にしか身も心も開かないというのに」
誰もいない部室で、柳生は呟いていた。
「さて、どうしてあげましょうか…」
アブノーマルなことにしか反応しないようにしてやろうか。それとも、手の付けられないアバズレに仕立て上げようか。勿論、自身の手を下すつもりなど、柳生にはなかった。
「まぁ、もう充分アバズレですけどね」
幾通りものプランが、柳生の中で練られていた。

仁王くんを愛していいのは私だけ・・・

ＢＡＣＫ