「メタモルフォーゼ」

闇。
世界を覆い尽くし、全てを貪欲に貪り尽くした、闇。
その時、世界は恐怖と疑念に震え、ただ救われることを祈った。
そして、五つの光が、その身を闇に染めた。

ナデューは、ぼんやりした薄闇の中をひたすら堕ちて行った。
どうしても、フラヒスを捨てねばならなかったわけではない。
けれど、彼の兄であるシフィールが行くと言うのなら、ついていくまでだ。
それに、下らぬことをごちゃごちゃとあげつらわれ、抑圧されることが、
不意に馬鹿げたことに思われてきたのだ。
誰かが、他にもいる。
「絶対なる光」から遠ざかっていく解放感の中で、
ナデューは自分と同じように闇に向かっていく存在を幾つか感じ取った。

暗闇の世界球アンヌン。ジーアに見捨てられた世界。
そこに、シフィールは住み着くことにしたらしい。
今や最も憎い物と成り果てたフラヒスの光が、決して届かぬ場所である。
そこで、ナデューは共に光を捨て去った者達に出会った。
ナデューを一途に慕って、訳も分からぬ侭ついてきた子供、ロキ。
天使長を誘惑した罪を非難された、妖艶なシトラ。
そして、もう一人。
美しく愛らしい美貌に不機嫌そうな表情を浮かべ、黙ったまま隅の岩壁に凭れているのは、クレイドル。
ナデューの肌は既に浅黒く代わり、シトラは天使だった頃の清純さを捨て、更に妖艶になっている。
元々天使としての自我の形成がさほど強くなかったロキが、一番大きな変化を見せていた。
皆多かれ少なかれ天使だった時と姿が変化しているというのに、
何故かクレイドルだけは、外見は殆どフラヒスにいた頃のままのようだった。
最も、ナデューはそんなにクレイドルを詳しく知っている訳ではなかったが。
クレイドルの不機嫌の原因はその「無変化」にあるのだが、勿論、ナデューの知ったことではなかった。
肉体の変化は、個人によって違うようだった。
ナデューの場合、突然発作的に体の一部が急激な変化を見せ、それが幾度か繰り返された後に、
「大悪魔」としての威厳と貫禄を備えた姿に定着したものらしい。
その頃のことである。
ナデューが一人、気紛れに地下迷宮を彷徨っていると、どこからか、不自然な声が聞こえてきた。
「ナンだ？　…こんなところに人間がいるワケがねェ。するってェと、あいつらの誰か？」
ゆっくりとナデューは奥へ向かった。
どうせなら、こっそりと覗いて、「誰か」の弱味を握ってやろう、などと考えていたのだ。
「うっ…、…くぅっ、っぁ……あぁっ…！」
苦しげな呻き声。これはてっきりアレだ、とナデューはニヤリと笑った。
しかも、この声は紛れもなくクレイドル。
いつも無愛想で滅多に姿も見せぬようなヤツだが、
そうか、こんなところで一人で楽しんでいたってワケか。
そう思うと愉快だった。
澄ました顔しているが、こんな風に「堕ちる」訓練をしているとは、意外だった。
そっと岩の影から向こうを見ると、間欠泉の蒸気の中、
ほっそりとした姿のクレイドルが我が身を抱くようにして立っていた。
「あっ…あぁ…っ……！」
白い体が苦しげに震え、その体が徐々に変化していった。
白い翼が重たげに地に落ち、体が作り替えられていく度に、白い肌が血に染まった。
妖精のように華奢でほっそりとしていた体つきが、
しなやかな筋肉に覆われ、すらりと四肢が伸びていく。
淡い金の髪が地を覆うほどに伸びていた。
そして、白い背中を食い破るように突き出したのは、爬虫類を思わせる、黒い羽だった。
じわりじわりとそれは形を成していく、クレイドルの血を絡みつかせて。
その様は、身内から得体の知れぬ「闇」に犯されているようだった。
「アァァァッ……！」
誰も聞いていないからの悲鳴がクレイドルの唇を割った。
虚空に形成されたばかりの羽を広げ、そのまま前のめりに倒れて、クレイドルは意識を失ってしまった。
「ナンだよ、こいつは…」
珍しいことにナデューは呆然とその光景を見ていた。
まるで血塗れの妖精の孵化でも見たような、奇妙な気分だった。
彼にとって、変身は当然の結果に過ぎなかった。
今までの自分が新しい存在に変わる、ただそれだけのことだったのだ。
だが、クレイドルにとっては明らかに意味が違っているようだった。
これでは、まるで「闇」に抱かれて喜んでいるようではないか。
「チッ…つきあってらンねーぜ」
そう言いつつ、何故か体の奥に得体の知れぬ熱を感じていたが、
ナデューはそんな想いを振り切るようにその場から飛び去った。
去り際、ちらりと倒れ伏すクレイドルを見る。
白い体を紅に染めたクレイドルが、闇の中に浮かんでいるように見えた。
そのイメージは、長いことナデューの脳裏を去らなかったのである。
「悪魔」クレイドル誕生の瞬間であった。

〜　終　〜

そのまんまですな。
既にクレイドルは最初から「恥ずかしい姿」をナデューに見られていた、ということで（笑）
こんなだったら嬉しいよな〜という、妄想が突っ走りまくってます。
やっぱ天使だった頃はベリ・キュで受け受けだったんじゃないかと（笑）
フィリスと張り合うくらい（笑）
でも、中身があのまんまだから、相手が苦労したろうと思う（笑）
眠い中書いたので、よくわからんですが。