めるへん・３
〜初めての出会い〜

ソルにゃんは旅猫です。
世界中をあっちこっち冒険して回っているのです。
だから、この街にきたのも、まったくただの偶然だったのです。
「ふん、ここは随分と人が多いじゃねぇか」
大きな街でした。
建物が沢山あって、人はもっと沢山います。
途中でケンカを売ってくる猫もいましたが、ソルにゃんは無敵です。
「ん？　何だ、でけぇ家だな」
ソルにゃんは一軒のお屋敷に辿り着きました。
高い壁があるから乗り越えてみたら、広いお庭と大きなお屋敷が目の前にあったのです。
「ふん…ま、どうでもいいがな」
お庭には木が沢山植わっていました。隠れるには都合がよさそうです。
他に猫のいる気配も感じられません。
ソルにゃんはお屋敷に近づいていきました。
丁度いい具合に一カ所扉に隙間が開いていました。
こっそりとソルにゃんはお屋敷に足を踏み入れました。
「…静かだな。人間はいねぇのか？」
とてとてとて…。
と、前方からお水の流れる音が聞こえてきます。
ひょい、と軽い気持ちでその扉を潜ったソルにゃん。
「…だぁれ？」
目の前にいたのは、大きな赤い瞳と黒い毛並みの美しいにゃんこでした。
いきなり現れたソルにゃんを、目をぱちくりさせて不思議そうに見つめていました。
「あ…いや、俺は…」
「ねぇ、だぁれ？　知らないひと…」
ソルにゃんは真っ赤になって飛び出して行ってしまいました。
「ん？　どうしたんじゃ、テスタメントや」
「あ、父さん。あのね、知らない人がいたの」
にゃあにゃあにゃあ
「おぉ、そうかそうか、本当にお前はお風呂が好きじゃのう」
「そうじゃないけど…。でも、お風呂も好き♪」
人間と猫はお話できません。
ソルにゃんは扉の陰からこっそりと中を覗いていました。

胸がどきどきしています。
あんなに綺麗な猫に会ったのは初めてでした。
柔らかそうな毛、すんなりと整った体つき。
何よりも、今まで会った中で一番美人でした。
長く見つめていると、益々どきどきが激しくなってきます。
だから、ちょっとずつ見ることにしました。
綺麗なにゃんこも、不思議そうな目でじっとソルにゃんを見返してきました。
時々そっと中の様子を見ると、人間の姿は見えません。
もっと奥にいるのでしょう。
柔らかそうなタオルの上をころころ転がったり、毛繕いをしたり。
その動作総てが可愛いとソルにゃんは思いました。
「…何だ、あいつは。…まだどきどき言ってやがるぜ」
ソルにゃんの胸は、何故かほんわかと暖かくなっていました。
「おっと…そろそろねぐらに帰らねぇとな」
最後にもう一目、と顔を出した途端。
「コラ！　どっから入って来おった！」
バカモン！という書き文字が飛んできました。
それをさっさっと避けると、ソルにゃんは人間に一声威嚇の声を残して走り去りました。

ねぐらに帰ってごろんと横になりましたが、あのにゃんこのことが頭から離れません。
また、明日も顔を見に行きたい、ソルにゃんはそう思いました。
そして、できれば乗っかりたいなんて、ちょっぴり思いました。
その夜はぐっすり眠ると、翌朝、ソルにゃんは元気に出かけていきました。
昨日入って行った扉は、今日は閉まっています。
入れるところはないかとうろうろしていると、テラスで昨日のにゃんこがお昼寝をしていました。
てってって、と近づいていくと、気配を感じたのでしょうか。
大きくのびをして起き上がりました。
「むにゃ…。・・・あれ〜、昨日の人…」
まだ眠そうな声でそう言いました。
「…よぉ」
ソルにゃんはそれだけしか言えませんでした。
何と言っていいか分からなかったのです。
ほにゃ〜と微笑むと、にゃんこはソルにゃんに近づいてきました。
「初めまして。私はテスタメント。貴方はだぁれ？」
にこにことソルにゃんの前で微笑んでいます。
「俺は、ソルだ」
「ソルって言うの？　ね、お友達になってくれる？」
テスにゃんは小首を傾げてそう聞いてきました。
「………まぁ、いいぜ」
本当はお友達ではなくて、お嫁さんにしたいと思っていたソルにゃんでした。
「ありがとう〜。嬉しいな」
にこにこにこにこ。
テスにゃんはソルにゃんの首筋に鼻をすり寄せました。
「なっ、何すんだっ！」
ソルにゃんは真っ赤になりました。
「？　お友達のご挨拶。私ね、猫のお友達って初めてだから。とっても嬉しいの」
テスにゃんは本当に嬉しそうにソルにゃんを見ています。
「何でだ？　ここら辺にゃ、猫は沢山いるぜ」
「ん〜とね、父さんがお外は危ないからお家に居なさいって。
だからね、鳥さんとカイねずみさんだけしかお友達がいないの」
「ねずみ？　んなもん、食っちまえ」
ちょっとだけ、ソルにゃんの中で狩りの本能がざわめきました。
「だめ〜、カイはお友達だもの」
「……じゃあ、そいつと仲良くしてればいいだろ」
年甲斐もなくソルにゃんは拗ねてみせました。
「…ソルはイジワルなの？」
不安そうな目をしてテスにゃんはソルにゃんを見つめました。
「さぁな。…じゃ、俺は帰るぜ」
「何でもう帰っちゃうの？　ねぇ、もっと一緒にいて」
甘えるように、テスにゃんの前足がソルにゃんの長い尻尾を押さえました。
「ね、いいでしょ、いいでしょ？」
赤いお目々に淋しそうな影が揺れていました。
思わず抱きしめてやりたくなったソルにゃんでした。
「…ちっ、しょうがねえな。じゃあ、後ちょっとだぞ」
テスにゃんは花が綻ぶような笑顔を見せました。
「うん、嬉しい。ありがとう、ソル」
そして、またソルにゃんの首筋に顔を寄せました。
ソルにゃんは赤くなりました。何だかくすぐったい気分です。
「・・・やれやれだぜ…」
照れ隠し、というのでしょうか、思わず口癖を呟いてしまいました。
ちょっとだけ、幸せなソルにゃんでした。
「また、明日も遊びに来てね、ソル」
さようならをする時、テスにゃんはそう言ってほっぺにチュ、ってしてくれました。

「…お、おぅ」
また、ソルにゃんの胸がどきどきしてきました。
本当に、テスにゃんは何て可愛いのでしょう。
明日も絶対来てやる！とソルにゃんは決意するのでした。

******Ｅｎｄ******
猫・第３弾になってしまいました…。
神谷様、いつもチョー可愛い挿し絵をありがとうございます。
果報者です、私は♪
いい加減芸風違うぜ、って感じですが（笑）
あ〜、猫はいいなぁ。