「紳士に於ける二面性の考察」

土曜日の夕方。練習の帰り道。いつものように二人並んで帰る柳生と仁王。
何だかんだと下らない事を話しながら帰るこの一時が、柳生にはとても楽しい。
「なぁ、柳生。偶には変わったことしとうなかと？」
「変わった事？何ですか？」
そう聞き返すと、仁王は我が意を得たり、という顔でニヤリと笑った。
「お、興味あるとね」
「はぁ…。まぁ、君がそう言うときはロクでもない事でしょうが」
多少警戒しながら柳生が応える。
「ロクでもないとか言うな。…俺ら、恋人同士っちゃろ？」
仁王の色素の薄い目が、媚びと憂いを湛えて柳生を見た。
何と雄弁な瞳なのだろう。変幻自在、正しく猫の目だ。少し潤んで柳生を見る、その効果までも知り尽くしている。
柳生は、その目に弱かった。
「…それで、何ですか？」
仕方がないと諦めの溜息をつきながら尋ねると、仁王は上機嫌に笑った。
「ん、なら支度して行くけん。飯食うて待っちょり」
「・・・当然、お泊まりですよね？」
「当然ったい」
そして、いつもの交差点。二人は軽く手を振って別れた。

そしてその夜。
食事をし、風呂に入り、ついでに宿題も片づけた頃。仁王は予想もしていなかった大荷物を抱えてやって来た。
「何ですか、その大荷物は」
呆れて尋ねると、仁王は楽しそうにそれを広げて見せた。
「・・・制服？軍服ですか」
「そ。まぁコスプレっちゅうやつやの」
大きな鞄の中には、二揃いの制服。金モールやら刺繍やら、割と本格的な黒い軍服らしきものだった。
「全く…どこで仕入れてきたんですか、こんな物」
「企業秘密、じゃ」
ニコニコと仁王は酷く上機嫌だった。
はぁ、と柳生は溜息を吐く。彼の恋人は、時々こういう突拍子も無いことをしたがる。
「何でこんな物を着なくてはならないんですか」
「柳生なら似合うち思うたけん」
柳生を見つめる仁王の目はキラキラと星でも飛ばしていそうだ。
再び溜息。仁王の物好きにも困ったものだ。
「な、よかろ？」
そう言うと、仁王は返事も待たずにさっさと着替えを始めた。
「ちょっと、仁王くん、私はまだ良いとは言って…」
そこで柳生は言葉を止めた。
黒い、かっちりとした軍服をわざと緩く着崩した仁王の姿。そこにいるだけで破壊的な色香が漂うようだった。
「似合うっちゃろ？」
それが、どんな効果を上げるか計算済みと言わんばかりの笑顔。
三度溜息を吐くと、柳生は白旗を揚げた。こんな姿が見られるのならば、彼の遊びに付き合ってやるのも悪くはない。
「・・・分かりました。向こうを向いていて下さい」
「今更恥ずかしがる間柄かー？」
待っても仁王は向こうを向く気配はない。
柳生は仁王に背を向けると、諦めたように軍服に手を伸ばした。
シャツにスラックス、黒いネクタイ、上着、白い手袋。そして、仕上げに黒い帽子。
これで黒い長靴があれば完璧ですか、などと満更でもなく柳生は思った。
「・・・どうしました、仁王くん？」
律儀にかっちりと軍服を着こなし、仁王の方に向き直ると、仁王はぽかんと柳生を見ていた。
「・・・何でもなか。気にすんな」
「そうですか」
柳生は腑に落ちない様子だったが、仁王にはとても言えなかった。余りにも、思った以上に似合いすぎていて見惚れた、だなんて。
「君の階級章は…大佐ですか。…私のは少佐…どうして私の方が下なんです？」
「そりゃ、俺ん方が偉かと。決まっとうとね」
少し得意げな仁王の顔がとても可愛いと思う。
「柳生、軍服が乱れている。たるんどるぞ！…なんてな」
今のは副部長の真似だろう。あぁ、余りにも可愛くて…。
「あっ…！」
白い手袋に包まれた手が、仁王の尻を撫でた。
柔らかく優しい動きに、馴れた躯はついぴくりと反応してしまう。
「おや、どうなさいました、”大佐殿”」
酷薄な微笑。眼鏡と帽子が中学生とは思えない雰囲気を醸し出している。
「別に」
それだけ言って、思わず声を上げてしまった不覚に少し赤くなった顔を背ける。
「お顔が赤いようですが、お加減でも悪いのですか？」
す、と柳生の片手が仁王の頬に伸びる。年の割に落ち着いた声が耳元で囁いた。
「何でもなか。止めんしゃい」
「そうは参りません。愛する大佐殿のお加減が悪いとなれば」
ぐい、と柳生は仁王の薄い躯を抱き寄せた。
「…手当をしなければ」
何のかんの言って、柳生は結構このシチュエーションを楽しんでいるらしい。思った以上にハマる。
なら、俺も少し遊んでやるか、と仁王も開き直った。
「何ばしよっと」
抱き寄せた手を振り解こうともがく。
そんな抵抗など意に介した風もなく、柳生は更に強く仁王を抱き寄せた。背後から腕を回す。
「ですから、介護です」
するりと柳生の手が、仁王の硬い軍服に包まれた胸に這い込む。
シャツの上から長い指がきゅ、と仁王の乳首を抓んだ。
「んっ…！　貴様、上官侮辱罪で処罰じゃ」
「処罰…？小官はただ具合の悪い大佐殿の手当をして差し上げているだけですよ。誉められて然るべきだとは思いませんか？」
やわやわと柳生の手が、仁王の薄い胸板を撫でる。布地越しの愛撫はもどかしく、くすぐったかった。
「よさんか、阿呆」
優しく絡みつく腕から逃れようと、仁王は懸命に身を捩った。遊びのつもりだったが、柳生の手は本気の熱に熱い。
「小官如きでは大佐殿のお相手はさせて頂けませんか？柳少将閣下なら良いと？それとも海軍の千歳大佐？」
「なっ…！きさん、巫山戯るな…！」
バシッと柳生の頬が鳴った。侮辱するような言葉に、本気で怒った仁王が振り向きざまに殴ったものだ。
忽ち柳生の白い頬にうっすらと赤い血の色が浮かび上がる。
「…宜しい。純粋な力では私に敵わないと教えて差し上げましょう」
冷静すぎる声でそう言うと、柳生は仁王の躯を突き放した。
何故か”小道具”として用意されていた短い鞭を手にすると、柳生は仁王の背にそれを振り下ろした。
「あぅっ…！きさん、なんばしよっと！」
いくら布地越しでも、手加減していても、叩かれれば痛いのは当然だ。
慌てて起き上がろうとした仁王の背に、もう一撃、布を打つ乾いた音。
「柳生…きさん…！」
ひゅっと空気を切り裂く鋭い音。短い苦鳴。
仁王のキツイ目が、純粋な痛みに潤みながらも怒りに燃えて柳生を見上げた。
その目。決して屈服しようとしない、その目が、ゾクゾクする興奮と快楽を柳生にもたらす。
「如何です、部下に鞭打たれる気分は」
柳生は手にした鞭の柄で、くい、と仁王の顎を上向かせる。
仁王の目の前にいる男は、とても嬉しそうで、酷く冷たい印象を与える。
これでは、まるで横柄で嗜虐趣味のある軍人そのものだ。その、背徳的な香りよ。
だが、この屈辱は甘んじて受け入れる訳にはいかない。ギリ、と仁王は唇を噛みしめた。
「あぁ…素敵ですよ、その顔。やはり容易く屈されては面白くありませんからね」
幾度も鞭が空を裂き、その都度仁王の背に腕に脚に振り下ろされる。
「くっ…うっ、あっ…！」
「もっと鳴いてみせて下さい。他の方の前ではどの様に乱れるのですか、大佐殿」
仁王はみっともない悲鳴だけはあげるまいと、自分の指を噛んでいた。この手を離したら、どんな声を上げるか分からない。
「ふふ…やはり、これよりこちらの方がお好きですか」
飽きたように鞭を投げ捨てると、柳生は俯せに震えている仁王の上に重なった。
仁王の腰に熱い感触が当たる。
「何方のものが一番宜しかったですか？」
「貴様…俺を侮辱するか…」
漸く指から口を離し、やっとの思いでそれだけ口にした。その白い指には、くっきりと自身の歯形が残されている。
「ねぇ、大佐殿。今夜が終わる頃には、小官が一番良かったと仰有って頂けますよね」
「…無理じゃの、きさんでは」
くっと柳生は片頬を歪めるように笑った。この状態で尚も抵抗しようとする仁王の気力が好きだ。
さも楽しそうに柳生は仁王の耳元で笑った。気取った手つきでネクタイを緩める。
「では、禁断の果実を味わわせて下さいね」
「イヤじゃ、やめぇ…！」
柳生の手が、ゆっくりと仁王の軍服を剥ぎ取っていった。

翌朝。
窓から差し込む白い光に瞼を射され、仁王は重い瞼を開いた。
「朝、か・・・」
躯を起こそうとすると、全身に鈍い痛みが走った。その痛みに、昨夜の出来事総てが思い出される。
「おはようございます、仁王くん」
そこに、タイミング良くドアを開けていつものように現れた紳士の姿。
その顔めがけて、仁王は力一杯枕を放り投げた。
「ちょっ…！何です、危ないじゃないですか」
何とか咄嗟に腕で防いだ柳生の抗議の声を掻き消すように、仁王の罵声が響いた。
「阿呆！バカ！ボケ！死ね！変態！」
「な…何ですか、いきなり。落ち着いて下さい」
ベッドの上で、全裸でもう一つの枕を振り回している仁王を宥めようと柳生が近寄る。
「きさん、人にあげんこつしよって…落ち着けるかい、ド阿呆っ！」
そのきっちりと七三に整えられた頭に、仁王は枕を振り下ろした。
「痛っ…！痛いじゃありませんか」
「バカ！俺ん方がもっと痛かったわ、こん変態メガネが！」
「あ・・・。いえ、昨夜のことは謝りますから…」
何とか落ち着かせようと焦る柳生から、仁王の興味は別のことに移っていた。
「あーっ、軍服が…！」
「あぁ、これですか。少し汚れてしまいましたね、すみません」
「すまんで済むかい、こんボケェっ！」
仁王の脳裏に、昨日の出来事が浮かんできた。
『なぁ、姉しゃん、こん服貸してくんしゃい』
『なしか？まさがあたしの趣味に興味持つなんて珍しかねー』
『ん〜、まぁちくっと』
『…は〜ん、柳生くんっちゃろ？まぁよか男は何着ても似合うけんなぁ』
『ま、そげんとこ』
『ならいいたい。そんかし、イカ臭くなんてしたら・・・殺す』
あの時の姉の目は本気だった。
「どげしてくれっと！こん似非メガネ！」
「そう言われても…確かに私にも責任はありますが、半分は仁王くんのですよ？」
ついうっかり本音を洩らした柳生の右の頬に、仁王の左拳が炸裂した。
「もう二度ときさんとはコスプレなんぞせん！こん似非紳士！二重人格！スケベ！サディスト！」
あらん限りの罵声を浴びせる仁王の前に平身低頭し、怒り狂う仁王に詫びを入れる柳生。
結局クリーニング代を払うということで何とか丸く収まった。
「ほら、さっさとしんしゃい」
「はい・・・」
全裸で俯せになる仁王の白い背には、赤い筋が幾条も残されていた。
その絶妙のコントラストにうっとりする柳生。
「…ええか、妙な真似しよったら、二度ときさんとは寝ん」
「・・・はい」
美味しい餌を目の前に、ただ軟膏を塗り込んでいくだけ。
据え膳を前にお預けをくらった柳生だが、昨夜の想い出があればせめてものことだ。
「仁王くん…やはり貴方が世界で一番綺麗です」
「キショい」
穏やかな日曜日が始まろうとしていた。

〜Ｅｎｄ〜

こちらも同じく夕海棠様に差し上げました。
夕さんの軍服柳生が余りに素敵すぎて…！
萌え過ぎて興奮のあまりこんな話が…（笑）
柳生に軍服って淫靡で背徳的ですごくツボですvv
仁王は、何を来てもひん剥いてやりたくなりますvv
ちなみに仁王姉はアンティークマニアです。
好きなことには金掛けることを厭わない人、という設定（笑）