「ＭＯＯＮＬＩＧＨＴ」

深夜、目を覚ますと独りだった。
いつもなら足下に丸まっている猫も、
隣で穏やかに眠っている恋人の姿もない。
「・・・クレイドル？」
低い声で恋人の名を呼んでみても、夜の静寂に吸い込まれるばかり。
確かに、一緒に眠りに就いた筈なのに。
出ていくのに気付かなかったのは自分の不覚。
もしかしたらすぐ戻るつもりなのかも知れない。
寝台にはまだ微かに温みも残っている。
それから暫く、ナデューはベッドの上で待っていた。
何だろう、この気持ちは。
胸の辺りがもやもやする。
苛立ち？　不快？　いや、不安なのか？
だが、クレイドルの戻る気配はない。
僅かな温もりがだんだんと冷えていく。
その変化が恐ろしくて、
何だか分からぬまま、ナデューは寝台を飛び出した。
「・・・ナデュー、どうした？」
途端、扉を開けたクレイドルと目が合った。
「ドコ行ってたンだよ」
今までの不安が転じて不愉快になる。
クレイドルの腕の中では猫が幸せそうに寝ていた。
「ん…、ちょっとな」
歯切れの悪い返答に、益々ムカついてくる。
「何だよ、ソレ。…もうイイ、オレは寝るゼ」
「待て、ナデュー」
一人でむくれて布団に潜り込もうとすると、クレイドルが制した。
そっと腕の中の猫を定位置に下ろしてやる。
猫は周囲を見回し、辺りを確認すると安心したのか、
一つ大きな欠伸をして、再び丸くなった。
「ナデュー、ちょっと来い」
「ヤだね、俺は寝るンだ」
子供のような言葉に、クレイドルは少し笑った。
「いいから、来い。二人きりになりたいんだ」
そう言うと、返事も待たずに部屋を出た。
渋々後を付いてくることを確信して。

ナデューがクレイドルの予期したとおり、後から付いていくと、
クレイドルは何も言わずに飛んだ。
後を追ってナデューも虚空へ飛ぶ。
「おい、クレイドル・・・」
空中でクレイドルは振り返った。
「見ろ、ナデュー」
細い指の指し示す先には、月。
皎々と輝く白銀の月が浮かんでいた。
「…ナンだよ、月がどうかしたのか？」
「綺麗だと…思わないか？」
振り向いたナデューの視線の先には、クレイドルの微笑み。
淡い金の髪が銀光に彩られ、淡々と輝いている。
「この俺が、こんな事を言う日が来るとは思わなかったが…。
この美しい月を、お前と見たかった…」
「クレイドル・・・」
月の光に酔ったような目をして、クレイドルはじっと中空に視線を向けていた。
す、とナデューはクレイドルの横に並んだ。
そっと肩に手を回す。
クレイドルは、拒まなかった。
「…目を覚ましたら、月が出ていて…。
余りに綺麗だったから、ピアスと見ていた…。
でも、やっぱりお前と一緒に見たいと思ったんだ…」
白い月。
夜空で尤も美しい、けれど何物をも照らさぬ光。
それは、まるで目の前の恋人と同じ。
だが・・・。
「ナデュー、…可笑しいか、俺がこんなことを言うのは…？」
ナデューは力強くクレイドルを抱き寄せた。
「いや、そんなことねェぜ…」
この地上の月の光は、確かにナデューの腕の中にある。
「あぁ、いいじゃねぇか。こうしてお前と二人っきりで月を見るのも、よ…」
そっと唇を触れ合わせ、ナデューは低い声で言った。
「でもよ、お前が一番キレイなンだぜ？」
「ナデュー・・・」
羞じらう頬が微かに赤く染まり。
蒼白い月の光は柔らかな金色へと変わった。
「愛している…お前だけだ…」
銀月に見守られ、恋人達は一つに溶け合った。
夜は、いつまでも続く…。

〜Ｅｎｄ〜