詐欺師先生にご用心

「はぁ〜・・・」
赤也は大きな溜息をついた。
その手に握りしめているのは、藁半紙一枚。
その紙に何度も目を落としては、深い溜息をつくのだ。
「どげんしよったと、赤也？」
「うわぁ！　ビックリした〜」
不意に背後から掛けられた声に心臓が飛び上がる。
慌てて手にした紙を丸めて隠す。
「英語２１点。立派な数字やの」
そこにいたのは、やっぱり紛れもない先輩の一人で。
ニヤリと笑ってみせる、その笑顔が怖い。
勿論、テストは１００点満点である。
「…いいんスよ、俺は日本人なんだし」
ぷい、と横を向く。
唯一の…でもないが、最も苦手な科目の答案を見られるとは。
迂闊だった、この先輩がこんな時間にこんな所に現れるなんて。
今はもう五限の始まった時刻。赤也はサボって部室にいるのだ。
赤也は基本的にこの男−仁王雅治が嫌いではない。
ただ、自分の弱みを握られるのは勘弁して欲しかった。
「ま、誰にでも得手不得手っちゅーもんはあるんやけ、気にすんな」
そういう仁王は、先程から楽しそうな笑みを浮かべっぱなしだ。
随分と上機嫌らしい。
「あの…仁王先輩。このこと、副部長には…」
言いたくはないが、鬼の副部長には黙っていてもらいたい。
赤也は、彼にしては控えめな態度でそう口にした。
「ん〜、そうやの、黙っといてもよかよ。可哀相な後輩の為にの」
うわ、嘘くせぇ〜と思ったが、赤也は殊勝な態度を崩さなかった。
「ありがとうございますっス
「あ、やったら俺が生きた英語ば教えちゃるけん」
「え？何スか、それ」
詐欺師の異名を持つ先輩は、後輩の耳に口を寄せ何か囁いた。
微かに香しい匂いが鼻先に漂う。何の匂いだろう。
「それ、真田に言うてみ。きっと赤也も成長したち喜ぶたい」
「ホントっスか？」
余りに自信満々に頷くから、赤也もうっかり仁王に対する警戒を忘れた。
「ありがとうッス。んじゃ、後で言ってみるッス」
「そうせえ。んじゃ、俺はここで寝るけんの」
「俺も寝るッス」
そして、先輩と後輩は思い思いの場所で昼寝を楽しむのであった。

何時の間にやら授業は終わり、部室に人が集まってきた。
「あ、真田副部長〜」
厳格なことこの上もない、まるで中学生には見えない男に赤也は声を掛けた。
この少年…こそ最強王者立海大付属の鬼の副部長、真田弦一郎その人である。
「どうした、赤也」
ロッカーの扉に手を掛けた真田に、赤也はいとも無邪気な口調で言った。
「You SUCK!」
「赤也…！
真っ先に悲痛な叫び声を上げたのは、ブラジル人ハーフのジャッカルだった。
次の瞬間、赤也の小柄な体はロッカーに直撃していた。
「貴様、何を考えとるか！」
獅子の咆吼を思わせる怒号が、部室内に響き渡った。
「な、何で怒るッスか〜」
「あのな、赤也、それって『お前最悪』って意味なんだぜ」
「・・・騙された〜！」
赤也の悲鳴が聞こえる。仁王はとっくに着替え終わって何処吹く風とグラウンド。
「何、仁王に教えてもらった？　あいつの言葉を鵜呑みにすんなって言ってるだろ」
「だって〜」
「あいつめ…！」
真田は鬼のような形相で外へ飛び出した。
グラウンドでちんたら体を動かしている仁王に突進する。
それに気付いた仁王は全力で走り出した。
ぐるぐるぐるぐる、必死な鬼ごっこは暫く続いた。
全力疾走で二人はグラウンドを何周しただろうか。
流石に息の上がった二人である。
「に、仁王、貴様・・・」
はぁはぁと荒い呼吸を繰り返しながら、真田が何とか言葉を口にする。
仁王はベンチに伸びていた。
「赤也に…あれ程、つまらん事を…」
「面白かろうがよ」
「兎に角、今後赤也に下らん事を吹き込むなよ」
あれだけの全力疾走の後では、殴る気も失せたか、それだけ真田は言った。
何だかんだと言って、後輩を可愛がっている真田だった。
「弦一郎、ウォームアップは終わったか」
「蓮二・・・」
さらりと涼しい顔で言ってのけたのは、立海の参謀殿である。
汗だくで荒い息を付いている二人にも頓着しない様子だ。
「仁王もアップが済んだら、早速ダブルスの練習に入ってくれ」
「りょ〜かい」
立ち上がり、ラケットを手にすると、仁王はパートナーの待つコートに向かった。
「もう仁王先輩には騙されないからな！
ラケットを手に、後輩は幾度も繰り返した叫びを、幾度目か叫ぶのだった。

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他愛もないお話です。すんません、ありがちネタで。
私がSmackDownで覚えた、唯一の英語(笑)
うわ、役に立たねぇ〜(笑)