初デート♪

「First DATE」

日曜日のこと。神尾は伊武と一緒に町を歩いていた。所謂「初デート」というやつだ。好きで好きでどうしようもなく、告白してから一ヶ月。漸く何もない休日が巡ってきたのだ。「なぁなぁ、深司♪」もう、神尾ははね回りたいくらいウキウキしていた。それに比べて、伊武はいつもと同じ様な澄まし顔。独特の急がない歩調もまるで変わっていないようだ。ただ、時々神尾を見遣る、その目が心なしか優しいように見えた。並んで歩けば同じ目線、同じ肩の高さ。そんな何でもないことが嬉しくて、また神尾は一人はしゃぎ回る。さすがに町中では人目があるから手は繋げない。それでも、一緒にいられるだけで、世界中が輝いて見えるのだ。それは、伊武にとっても同じ事だろう。でなければテニス以外では外出の好きでない伊武が、日曜のこんな時間、こんな場所にいる訳がない。「なぁ、深司、欲しい物あるか？」「何？アキラ買ってくれるの？…俺、ガット張り替えたいんだよなぁ」「う゛…それはちょっと」中学生の小遣いでは、買える物なんて限られている。でも、何かをプレゼントしたいと思うもので。「じゃあ、新しいシューズ欲しいな…」「そーじゃなくってぇ！」そんな「必要に迫られた必需品」ではなくて、今日の記念になるような、何か。伊武の口からそんなものが出るとは思えなかったけれど、神尾はそれでも今日という大切な一日を、もっと素敵にさせる何かが良かったのだ。慌てる神尾を見て、伊武は小さくくすりと笑った。不意打ちの笑顔に、神尾の胸はドキドキする。その笑顔は、神尾にとってどんな宝石よりも綺麗なものなのだ。「別にいいよ、…アキラがいてくれれば」「え？そ、そうかな…」「そーだよ」またいつもの無表情に戻って、伊武が答える。二人して頬を赤らめて、暫く黙って歩いた。「そうだ、何か食おうぜ。腹減ったろ？」「別にどっちでもいいけど…」神尾は手を繋ぎたいという衝動に、先程から駆られていた。ここで、食べ物屋に案内するふりをして、手を繋いでしまったらどうだろう。それなら自然で、周囲からもおかしいと思われないで済むかもしれない。「じゃ、行こうぜ」何気なく、伊武の指先を握る。少しだけ、震えているような気がした。それでも、振り払われることなく、伊武もそっと神尾の手を握り返してきた。とは言うものの、一体何を食べよう。ファーストフードじゃいつも通り過ぎる。「あ、そうだ、この間出来たラーメン屋行こうぜ。俺、あそこのジャンボラーメン食ってみたかったんだよ」「昼からラーメン…？何か胃に重そう…おまけにジャンボなんてさ…まぁ、どうせアキラが食べるからいいけど」消極的な賛成の言葉。嫌なら嫌と言う伊武のことだから、これは決して反対ではないのだ。そして、二人は件のラーメン屋に向かった。そこは、新しく出来た小洒落た感じの店で、値段もリーズナブルに設定されている。味の方はどうか知らないが、メニューの豊富さは大した物だった。そこで神尾は先程の宣言通りジャンボラーメンを注文し、伊武はごく普通のしょうゆラーメンを頼んだ。「あ、なんかパフェとか一杯あるなぁ。ちょっと食ってみたいよなぁ」「どーせ食べきれないに決まってるでしょ…俺、食べるのやだからね」先手を打って伊武はそう釘を刺した。しかし、神尾は聞く耳を持たないようだ。すいませーん、なんて呑気な声をあげて追加注文している。「あーぁ、どうせ食べきれないのにさ…どうしてそういう無駄なことしたがるのさ…。食べきれなかったら勿体ないじゃん…アキラ、ちゃんと考えてんの？　どーなっても知らないからね」「だってよぅ、深司、何か美味そうじゃん。俺、いっぺん食ってみたかったんだよ」珍しく何を言っても凹むことのない神尾。明らかにいつもより高いテンションで、終始笑顔が絶えない。今日という日を、どれ程待ち焦がれていたものかが伺える。そうこうしている内に注文した品が運ばれてきた。神尾の前には伊武の倍くらいはありそうなどんぶりが、でーんと置かれている。「うわ…見ただけで胸一杯になりそう…本当に食べきれるの、アキラ？」「へーきだって。これぐらい楽勝だぜ♪」神尾は、勢い良く割り箸を割った。それから数十分。伊武は頬杖を付いて、ジャンボラーメンと格闘する神尾を見つめていた。嬉しそうに楽しそうにラーメンをすすりながら話す神尾が、何故かとても可愛く思えた。相変わらず気のなさそうな返事を繰り返してはいるが、伊武もまた、今日という日に心浮き立っているのは変わらないのだ。さり気なく箸を伸ばして、神尾の盆に乗っている漬け物を摘む。「あ、全部食っていいぜ、深司」「・・・ん、ありがと」気を利かせて伊武の盆に漬け物の皿を乗せてやる。そんな、何気ないやり取りすら嬉しい、今の二人だった。「あ～、食った～。美味かったな、これ。でも、流石に腹一杯だぜ」巨大どんぶりを空にした神尾は、満足そうに伸びをした。「何言ってんのさ…まだこれからパフェが来るんでしょ…そんな状態で食べきれるの？アキラ、もういっぱいいっぱいなんじゃないの…」「だ、大丈夫だって！」そこへ、ウェイトレスがプリンイチゴパフェなるものを運んできた。予想以上に巨大だった。神尾の顔が一瞬蒼白になる。注文したことを後悔するが、もう遅い。「ほぅら、俺の言った通りでしょ。でも、俺は食べないからね…アキラ、自分で何とかしてよ」「し、深司～～～」思わず情けない声を上げてしまった。その様子に、伊武はつい笑顔を見せた。とても、嬉しそうな、楽しそうな。滅多に、というよりも初めて見るほどの無邪気な笑顔に、つい神尾は見とれた。パフェを食べることも忘れて呆然と伊武を見つめる。しかし、一瞬後には伊武は元の無表情を取り戻していた。「…あ、深司、プリン食べるか？」こくん、と小さく頷いたので、神尾がスプーンを手渡そうとしたら、伊武が小さく口を開けていた。紅い唇、白い歯、僅かに覗く赤い舌。何でもない筈のその姿に、神尾は何故か激しく胸をときめかせた。『な、何だよーっ、深司、滅茶苦茶可愛いじゃねぇかっ！こ、これってもしかして俺に食わせて欲しいってことなのかな。ど…どうしよう、そんなことしていいのかな。でも、でも深司が誘ってくれてるんだし…。にしても、どーしよう～っ、深司、何でそんなに可愛いんだよ！あ～、もうっ、何かすっげードキドキしてきた！このまま抱き締めちゃいたいぐらいだぜ！』何て事を考えていたら、スプーンを持ったまま固まってしまった。体が小刻みに震えてくる。心臓が激しく鳴り、顔が真っ赤になった。「………何だよ、食わせてくれないのかよ…くれるって言ったのに。待ってるんだから、早くしなよ…」可愛く開けられていた口から、可愛くないぼやきが聞こえてくる。しかし、その後の声にならない言葉を、神尾の心は聞き取っていた。 …俺だって恥ずかしいのに…。あの深司が。無感動でプライドの高い深司が、恥ずかしさを堪えて俺のことを待っている…！血流が逆流しそうだった。『はい、あーんvv』なんて今時どこのバカップルでも滅多にやらないだろう。それなのに、伊武から誘ってくれているなんて、神尾には信じられない程嬉しかった。ささっと店内に目を走らせると、誰もが自分の目の前に集中しているようだった。ちょっと可愛い中学生の男の子の二人連れに、目を配っているような奴はいない。よし、やるぞ！と心の中で拳を握り、神尾はプリンを掬うと、恐る恐る伊武の口元にスプーンを運んだ。紅い唇が柔らかく動き、そっとスプーンを銜えた。その瞬間、神尾の体に電流が走った。『な…何だよーっ！何で俺こんなにドキドキしてんだよ～。た、たかがプリン食わせただけなのに…！あ～、でも、何か深司がすっげーキレイで、キラキラして…つーか、い…色っぽい…？どうしたんだよ、俺、どうかしてるぜ…！』再び固まった神尾には気付かないようで、伊武はぺろりと唇を舐めた。「ん…結構美味しい…。…どうしたの、アキラ？」たっぷり３秒はかかって、漸く神尾は伊武から目を離した。「あ…あぁ、何でもねぇ」些か不自然に答えて、神尾はパフェに神経を集中させた。兎に角、早いところこいつを片づけて、伊武と二人きりになりたかった。最早今日のデートの予定はすっぱり忘れ、伊武を見つめることだけを考える。突然脇目もふらずにパフェを征服しにかかった神尾を、伊武は不思議そうな目で見つめた。『何だよ、アキラのやつ、ムキになっちゃって…可愛いよな…。まぁ、どうせ食べきれないだろうけど…。どうしようかな、俺が食べてやろうかな…。 …アキラの食べかけか・・・、それも悪くないかもね…』無表情のまま、じっと無言で神尾を見つめる伊武の胸中は、そんな考えで一杯だった。これはこれで、二人とも幸せでいいのかもしれない。だが、伊武の予想通り、やはり神尾はパフェを食べきることができなかった。問題は量ではない、甘さだ。「ふえ～～～、もう食えねぇ…」テーブルに突っ伏す神尾。まだパフェは半分ばかり残っている。「何だよ…やっぱり俺の言った通りじゃん。だからやめとけって言ったのにさ…。俺の言うこと聞かないから自業自得だよ、アキラのくせに…。でも、どうするの、残すの？そんなことして勿体ないとか思わない訳？　地球に優しくないよなぁ…。このパフェで誰か一人ぐらい救えたかも知れないのに…あ～ぁ、勿体ない…」突如訳の分からないことをぼやき始めた伊武に、神尾は恨みがましい目を向けた。「な、何だよぅ…そんなこと言わなくたっていいじゃんか。俺だって努力はしたんだぜ」「…ふ～ん、残しといてそんな事言うんだ…、ほんと、しょうがないよね、アキラは。自分で食べられる量ぐらい分かんないのかよ…。 …でも、まあ、しょうがないから、・・・俺が食べてやるよ…」「え？」あっと思う間もなく、パフェは伊武の前に移動していた。マイペースに、だが確実にパフェを減らしていく伊武。ゆっくりと動く口元。嚥下する喉の動き。時折髪を掻き上げる指先。口端についたクリームを舐め取る赤い舌先。総てが神尾にとって誘惑者の様相を示し、挑発しているかのようだった。『だ、駄目だ、もう我慢できねぇよ、俺…！　どうしよう、深司が欲しい…！』そわそわと落ち着きなく、神尾は無意味に周囲を見回した。世界に対して、自分がとても疚しい存在のように感じられる。それなのに、伊武だけはうっとりするほどの光を放っているかのようだ。『いいのか？　初めてのデートで、こんな気になるなんて。あ～、でも深司が可愛すぎるんだよ。 …嫌われたりしないかな。やっぱ…男同士で………そんなこと…』そう思ってみても、一度煽られた熱はそう簡単に冷める訳もない。「…ごちそうさま」カチャリ、と伊武がスプーンを置いた。待ちかねたように神尾は勢い良く立ち上がった。「よし、行くぜ、深司」「何、もう行くの？　アキラの分まで食べたんだから、少しぐらい休ませてくれたって…」「いいからさ。行こうぜ」伊武は細い眉根を寄せた。「何がいいんだよ、俺が良くないって言ってるのに…。今日のアキラ、ナマイキすぎ… 大体、俺がちゃんと全部食ってやったのに、礼の一つもない訳？それとも俺が食うの当然とでも思ってるんだろ…アキラってそーゆー奴なんだな…」全身から力の抜けるような声で延々と続くぼやき。これを止める術は、アキラにはない。「悪かったよ、サンキューな、深司。だから、早く行こう」腕を掴んで強引に立ち上がらせる。いつもの神尾なら絶対にしない行為に、伊武は少し戸惑ったような顔をした。今神尾は何がしたいのか、伊武にはどうも分からない。されるがまま、伊武は出口へと引っ張られていった。けれど、いつもと違うちょっと強引な神尾の横顔に、伊武は胸がどきりとする。いつも笑ったり泣いたり怒ったりと、忙しい神尾の表情。それとは違う、格好いいとさえ思える表情に、伊武は目を細めた。『何だ、アキラだって、しようと思えばそんな顔出来るんだ…。やだなぁ、俺、今ちょっとアキラのこと格好いいとか思った？おかしいよな、アキラの顔なんて見慣れてる筈なのにさ…』その思いがけない顔に免じて、今は大人しくしてやろうと思う伊武だった。「なぁ、深司。これから、俺んち来ねぇ？」会計を済ませた神尾が、そう問いかける。驚くほど切羽詰まった顔で、真正面から伊武の目を見つめていた。だから、何も言わずに頷いたのは、これからの予感があったからかも知れない。それから二人は、無言で神尾の家に向かった。

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無駄に長い…そして終わらない…。
初の連載がいきなし裏かよ！…と突っ込まないで下さい…。
ヘタレ×ヘタレって難しいねぇ～。
何だか自分が分からなくなって来たよ(笑)
初デート、そしてこの後は・・・。
もう読むまでもなく展開は見え見えですが…。
今回は「神尾から誘う」お話です。