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ジョニーの唇が、言葉を塞ぐ。暴れて逃げようとする私の躰を、口付けたままベッドに倒すと、両腕を押さえつけた。 傷ついた箇所が引きつれるように痛み、抵抗もままならない。 通常の状態でも力では敵わない。私に出来るのは、睨み付ける事だけ。 私の視線を受け、ジョニーは笑みを浮かべると、唇を離した。 「何が可笑しい!!私を侮辱するのか!!」 「そんな事は言っていない。ただ、…キスだけでそんな反応を見せられると…つい、悪戯をしたくなる」 ジョニーは私の肩口に顔を埋めると、首筋に舌を這わせた。甘い快感が躰の中に湧く。ザトー様に教えられた…快感が。 「声を出してくれても構わないぜ？その方が、お互いに楽しめる」 「ば…かな、……っ、止めろ……」 そう言いながら、声に迫力が無いのは私がよく解っている。優しい囁きと愛撫が、私を変えてしまう。 「……望んだのか？望まれたのか？どっちだ？」 首筋への愛撫を続けながら、ジョニーが問い掛けてきた。 質問の意味が解らず、無言でいる。 それ以上に、口を開くと、甘い声が洩れてしまいそうだった。必死に耐えようと、唇を噛んでいる。 「あの男に抱かれていたんだろう？それは、お前さんが望んだのか。それともヤツが望んだのか。……どっちだ？」 顔を上げると、ジョニーは私の顔を見て、真剣な声でもう一度同じ事を訊ねてきた。 顔が熱くなる。そんな事を言える訳が無い。第一、言う必要性など何処にも無い。 「お前に…そんな、事をっ…」 ジョニーは苦笑し、血の滲んだ私の唇を舐めた。 痺れるような感覚が背筋を走り、目を閉じる。 何故、こんな感覚を憶える？私の躰は…否、心までもザトー様のものだというのに。 ザトー様以外に触れられているのに、何故、こんなに心地よい？そんな事を頭の隅で考える。 「言う必要はない、と言いたそうだなぁ。…ま、俺にもよく解らんが…ただ、気になるのさ。お前さんの過去が」 解らない。何故、この様におかしな事ばかり言う。 私の過去が気になる、だと？そんな事は嘘だ。 役に立たなければ、使い捨てられる…結局はそんな『道具』でしかない私の過去など、誰も気に止める筈もない。 「そんな睨むな。言いたくなければ、それでいいさ。…出来るなら、知りたい所だがな」 「解らない、お前の真意が…解らない…」 傷の痛みと愛撫の心地よさが、躰の中で鬩ぎ合い、私の思考が狂っていく。狂わされていく。 「…ま、後で言うさ。今言っても信じて貰えんだろうし…憶えていないと言われても困る」 それだけ言うと、ジョニーは再び私の躰に唇を当てた。 まるで以前から知っているように、私の感じる箇所を攻めていく。 遠くに聞こえる声が、自分自身であげている嬌声だと気が付いて、慌てて口を押さえようとする。 だが、その手をジョニーに止められた。 「いいから。素直な声を聞かせてくれ。…誰の名前を呼ぼうと、気にはしない」 そして、続けられる愛撫。 何故、この男はこんなに私に優しいのだろう…。 そんな風に考えた途端、涙が零れた。私が泣いている。泣くという行為など、忘れ去ったのに。違っていたのか。 涙の浮かぶ瞳でジョニーを見る。優しい蒼い目が私を見ていた。固く目を閉ざす。逃れるように。 「嫌だ…止めてくれ…。私に優しくしないでくれ…私を、…求めないで…くれ…」 ……怖いから。 最後にそう言おうとしたが、唇で塞がれた。深くて優しい口づけ。 もう、私はジョニーを拒めなくなった。こんなにも、私は弱かったのか。 躰の奥が熱くて、辛い。何を言おうとしているのか自分でも解らない。 ただ、力無く口を開閉させる。躰を這うジョニーの指が欲しくて、視線を向ける。 焦らしているのだろうか、面白そうに笑ったままで、ジョニーは触れてくれない。 「嫌…だ、もぅ……苦しい…」 「何がだ？」 「…っ、…言わせるな……！」 顔が熱くなる。多分、紅くなっているのだろう。そんな私の顔を見て、ジョニーが笑う。 「いや、参った…。躰は充分慣れているのに、この反応…。可愛いねぇ。これは…ちょっとヤバそうだ」 低い声で笑った後、ジョニーはベッドに上がると、傷に障らないようそっと私の躰を俯せにさせた。 この先の事を想像し、上手く動かない躰を起こすと、逃げようとした。 「大丈夫。巧くやるさ」 「何が！」 「…言わせる気かい？」 先程と、正反対の問答。こんなセックスは初めてだ。 ザトー様と躰を重ねた時は、ただ、愛撫と命令を待っていただけ。 それでいいと思って…否、疑問に思った事もなかった。私の心も躰も、ザトー様のものだったから。 「力を抜いて」 優しく言うと、ジョニーは湿らせた指を、そっと私の体内へ侵入させた。 違和感に眉を寄せる。こればかりは慣れようがない。異物の侵入。 今までの癖で、決して悲鳴を洩らさぬように自分の指を噛んで、その違和感に耐える。 ふと、気が付くと、ジョニーは、自分の手を私の手に重ねていた。 「言っただろう？俺は声が聞きたいんだ。辛かったら、そう言えばいい。どうしても嫌だって言うなら、俺の指を噛みな」 添えられた指を見る。歯の痕から血の滲む指に添えられた、ジョニーの指。 私はその指に、歯を立てなかった。自分でも理由は解らない。 ただ一つだけ…ジョニーが言うように声を上げてみようか、とかき乱される思考の中で思ったのだろう。 「ん、ぅ…止め…っ…、あぁっ…！」 長い指が、ゆっくりと奥に進んでいくのが解った。指は中の壁を擦るように、動いている。 「そう言われても、お前さんは何処が感じるのか知らないからなぁ…。さて…此処はどうだ？」 「は、ぁ…ん、嫌だ、ぁ…っ…」 私の出す声が気に入ったのか、ジョニーは執拗に其処を弄った。 静かに、何度も此処か？と訊ねてくる。面白そうな声で。 気が付くと体内に指は増えていて、それらは何かの個の生き物のように、私の中で蠢いている。煽られて、声をあげる。 「あ、あぁっ…、苦しい…、頼むから…っ、…止め…て…っ…」 「…ＯＫ」 指が一気に引き抜かれた。躰の芯が熱くて、頭がズキズキする。そこへ、熱いものが狭い箇所に当てられた。 「叫んでくれて構わない…いいか？」 先程までと違った、幾分余裕のない…気のせいだろうが…ジョニーの囁きが聞こえた後、数瞬遅く、裂けるような痛みが躰を貫く。 「ひ…っ、い、やあぁっ…！！」 違和感などでは言い尽くせない痛みが、神経を支配する。 堪えきれず、無様に悲鳴を上げる。脚はガクガクと震え、躰を支えていられない。 「辛いか…？」 何度も頷きながら、苦しい、と情けない声で告げる。 声にもなっていないかも知れない。 それでも、何とか痛みをジョニーに伝えようとする。上手く伝わらないのか、痛みが軽減しない。苦しい。 「力を、抜いてくれ…。大丈夫だから、…ヴェノム。大丈夫…何も苦しくない」 混濁する頭に届いた、私の名を呼ぶジョニーの優しい声。 大丈夫だと繰り返して、名前を呼ぶ。 たったそれだけの事なのに、呪いにかかったように痛みが引いていく。実際には麻痺しただけなのかもしれない。 「いい子だ……。大丈夫、無茶はしない…」 慣れるのを待ってから、私の躰を気遣いつつ、ジョニーがゆっくりと腰を動かしてきた。 快楽が再びわき上がってくる。痛みは完全に消えてしまった。 快楽の熱が躰の中で暴れて、欲望を煽っていく。 「う、…ぅん、ジョニー…、や、ぁ…」 「嬉しいね、…初めて名前を呼んでくれた…」 「あっ…ああぁっ…！！」 徐々に激しくなる動きに翻弄され、言葉を理解することが出来ない。 ジョニーは何を言っているのだろう？ 私は何を考えているのだろう。 ただ、躰が熱くて、早く楽になりたかった。傷のことも忘れ、躰を動かす。 「ん、はぁ…ぅ…、…ジョニー…っ、ジョニー……！」 「…解ってる。大丈夫だから…離しやしない。…愛してるぜ……」 限界を越えて、私は意識を手放した。その直前に聞いたジョニーの優しい声。 ……何故か、はっきりと聞こえた。 狡い人だ 私の欲しかったものを知っている 狡い人だ 私の欲しかった言葉を解っている 狡い人だ 私の欲しかった感情を持っている 狡い人だ 私の心を 簡単に 変えてしまう 眩しい光で目を覚ます。 頭がぼんやりとして、上手く思考が働かない。 とても疲れている、何故だろう…そんな事を考えながら躰を起こそうとした途端、腰に鈍痛が走る。 「無理しなさんな」 すぐ隣で声がした。訝しく思い、視線を向けると金色の髪が視界に入った。次に蒼い瞳。 ジョニーがベッドに横たわり、笑いながら私を見ていた。 どうしてジョニーが隣で寝ているのか思い出せず、狼狽していると、片腕で引き寄せられた。 「だが…しかし、無理をさせちまったのは俺の所為、か。さぁて…許してくれるかい、レィディー？」 耳元で囁かれる。一瞬で昨夜の醜態を思いだし、同時にからかわれた事で頭に血が上った。 「ふ、巫山戯るなっ！私が女に…いや、そんな事よりよくも私にあんな真似を……！」 「ん？あんな真似って何だい？」 強く抱き締めたまま、ジョニーが囁く。腕から逃れようとするが、離してくれる筈もなかった。 「だからっ…！」 「そう怒るな。美貌が台無しだぜ？…参ったねぇ…、肝心の台詞は聞こえていなかったのか…」 冗談めかした声が、後半に真剣になる。 藻掻くのを止め、ジョニーの瞳を見る。綺麗な色の瞳。私が欲した綺麗な色の蒼。 「肝心の、台詞…とは何の事だ…」 魅入ってしまいそうになるのを堪え、疑問を向ける。 「…言うと、怒る」 少し笑みを浮かべると、ジョニーは面白そうに言った。 上手く乗せられている気がしたが、更に追求した。 「怒らない」 「本当に？」 「嘘など、つかない」 「誓って？」 何度か、こんなやり取りを繰り返した。 ジョニーは相変わらず面白そうに。私は何故かムキになって。 「解った。白状する」 ジョニーは喉の奥で笑いながら、私の髪を優しく撫でつけた。 躰が触れる。鼓動が聞こえそうで、気恥ずかしい。顔が見えなくて良かった、と内心で思う。 「愛している。そう言ったんだ」 少しの沈黙の後、ジョニーが低い声で囁いた。 顔を上げようとするが、強い腕で抱き締められ、身動きがとれない。 「馬鹿な、事…を。嘘だ…」 私は多分、ジョニーが何と言うのか、解っていた。 あの朦朧とした意識の中で聞いた、愛している、というジョニーの言葉。 それを夢だと思いこもうとしていた。狼狽しているのだろう、ろくな言葉が出てこない。嬉しい、などと言えない。 「嘘じゃないさ。惚れた相手とのセックスの最中に、嘘をつけるか？」 「君が何を思おうと勝手だが、私が愛しているのは」 「もう今はいない。この世の何処にも」 先手を取られ、口ごもる。そう、ジョニーがあの時に言った。 闘い、私が負け、倒れた時に。総ては終わってしまった事なのだ。 ザトー様は既に、…いない。目を逸らそうと、それが現実。 「違うかい？」 「…解っている…っ。だが、私は…」 「全く、よく泣くアサシンだなぁ。それで務まるのか？」 顔を両手で挟まれ、正面を向かされる。 困ったような、それでいて楽しそうなジョニーの顔。 「私は、どうしたら、いい…」 「好きにするといいさ。お前さんの聞きたがってた真意は教えた。俺の想いも。無理矢理傍に…なんてのは主義じゃない」 微笑んで、軽く唇にキスをする。 手が震える。声が出てこない。ジョニーが不思議に思って、私の顔を覗き込む。 「どうした？震えてるな」 震える私の手を取って、唇を当てる。どうして、そんなに。掠れるような声が漸く出てくる。 「……狡い……」 「狡い？…俺が、か？」 手を握りしめたまま、ジョニーが訊ねてくる。 当たり前だ。いきなり狡いなどと言われれば、誰でも困る。 「そうだ、狡い。君は私を死から生へ引き戻し、生き長らえさせた。私は望んでもいないのに」 「殺すのは本意じゃないと言った筈だが？」 些か怒ったようなジョニーの声。それでも私は続ける。 「狡い。君は私が必死に封じた心を暴いた。どうしてくれる？もう戻せない。これで、また私は役に立たない道具だ！」 八つ当たりをする私をジョニーは見ていた。何故、怒らない。詰らない。どうして手を、離してくれない…。 「…狡い…。私にザトー様以外を…求めさせようとする…。狡くて、酷い…男だ…」 後はもう涙に紛れ、言葉にならなかった。泣きじゃくる私の背を、黙ってさする。 「あぁ…そうだな、俺は狡い男だ。好きにしろ、と言っておいて、お前さんを手放そうとしない」 ジョニーが泣き続ける私に声を掛ける。 私の思考は混乱し、何も言えなかった。口を開いたとしても、支離滅裂な言葉か、八つ当たりしか出てこないだろう。 「逃がさない。誰にも渡さない。躰も、心も、俺だけのもの。…どうだい？狡い男だろう？」 口の端をあげ、ジョニーが笑みを浮かべた。 そして私の頬に伝う涙を吸い取る。行為に困惑し、目を閉じる。 「…ジョニー…」 目を閉じながら、男の名を呼ぶ。ジョニーは何か可笑しそうに、笑っている。 「まともに呼ばれたのは、初めてだ」 その言葉の意味が解らず、目を開け、ジョニーを見る。 訝しげな私の表情を眺めた後、ニヤリと笑ってジョニーが答える。 「お前さんが初めて俺の名前を呼んだのは、セックスの時。でも、まともに呼んでくれたのは今が初めてだ、って事」 顔が熱くなる。どうして、この男はこんな事をさらりと言ってのけるのだろう。 照れを隠すために睨み付けるが、一向に気にする様子もない。 「まぁまぁ、そんな怒りなさんな」 「そんな事を言われれば、誰でも怒る！」 「…ん、怒った顔も可愛いな。美人はどんな表情もビューティフルだ」 私がムキになればなる程、この男は喜んでしまう。敵わない。 溜め息をつき、ベッドに横になる。ジョニーに背を向けて。 「顔を見せてくれないのかい？」 私は答えずに、沈黙したまま。ジョニーが躰を起こし、顔を覗き込もうとする。 だが、私はベッドに伏せ、顔も見せない。 ジョニーが肩を揺すってきた。 私が本気で怒ったと思って、焦っているのか？そう考えると少し楽しくなる。 こんな感情を持ったのは初めてだ。悪い気分じゃない。 「おい、レイディー…」 「私は女ではない。間違えるな、ジョニー」 躰を反転させ、ジョニーの方へ顔を向けた。 動いた拍子に、顔を覆っていた髪が流れる。 常に髪で覆い、滅多に他人に見られる事はなかった私の顔。見せたくない、というのが本音だった。心が暴かれそうで。 でも、この男になら…ジョニーにならば、見せてもいい。 私を愛すると…離したくないと言う、不思議な男にならば。 「間違えちゃいないさ、敬意を込めてるつもりだがな」 「では、私も敬意を込めて君を“漁色家”と呼ばせてもらう」 私がそういうとジョニーは、呆気にとられたような顔になった。 そして一瞬遅れて、笑い出す。 「参ったねぇ、お前さんにそんな呼ばれるのは不本意だ。…止めてくれるかい？」 「女扱いを止めたら、私はきちんと君の名を呼ぼう」 「了解」 私は微かに笑みを浮かべ、ジョニーの胸に躰を委ねる。 抱き締められ、温もりを感じながら、私は目を閉じた。 今はまだ躰に疲れが残っている。もう少し休んでいたかった。 どうか、夢でないように。次に目覚めた時も、この男の腕の中であるように。