「愛撫」
ただ無惨な想いの堆積
触れては散る
砂の花びらの様に
曙光に消える
朝露のように
手の届かない者よ
深沈たる月夜、この常夜のアンヌンの中でも尚暗い地下迷宮の奥深く。
独り、闇の欠片を探して彷徨う悪魔。
闇色のマントにくすんだ金の髪は地に着くほどに長い。
何事かをぶつぶつと口にしながら、ふと溜息を吐く、その仕種が存外艶めいて見えないこともない。
遂に悪魔は足を止めた。
岩肌に背を凭れかけ、そのままずるずると座り込む。
胸奥からの深く大きな吐息。
己が何故これほどに屈託しているのか、理由が分からなかった。
いつもは心地よいはずの闇の中すら、彼に慰めを与えようとはせず。 目を閉じる。近頃はいつも同じ夢ばかり見ているような気がする。
脳裏でそれは一人の男の顔を形成し、それが彼を苦しめているのだ。
「まーたこんなところにいやがったな、クレイドル」
「…ナデューか。何の用だ」
ゆっくりと目を開ける。たった今思い描いていた男が、目の前にいた。
「何の用、じゃねェだろうが。来いヨ」
返事など聞きもしない。
座り込んだ侭動こうともしないクレイドルを、いとも無造作に抱きかかえると、本気の抵抗もものともせず、ナデューは一気に飛んだ。
荒々しく投げ出されたそこは、己の寝台。
暗い室内には、部屋の主の趣味を考慮してか、一本の蝋燭が灯されているだけだった。
闇の底に沈む寝台の上、颶風の様に、ナデューはクレイドルの体を奪い去っていった。
熱く激しく、尽きることのない愛撫の前に、クレイドルの理性は苦悶の叫びを上げて溶け、ただ燃え上がる体の欲に押し流されていく。
与えられる快楽に身悶え、いつしか自らしがみついて求めていた、体を引き裂く熱い楔を。
「ナデュー………、ナデュー…！」
恥じらいもなく夜に響く絶叫、あれは、己の声なのか。
最早クレイドルは考えることも忘れ、ひたすら男の熱さを貪り、狂い乱れていった。
アンヌンの夜は、明けない。
重い夢の痕を引きずりながら、うつうつと惰眠を貪っているところへ、いきなり襲ってきたのは、男の熱い口づけだった。
ぼんやりとしていた脳を甘美な陶酔で溶かす程に情熱的なキス。
何もかも忘れ、その首に腕を回して舌を絡める。
触れ合う素肌がやがてほんのりと熱くなってくる。 漸く唇を離したが、まだ半覚醒のままのクレイドルの耳に、聞き覚えのある声が笑いを含みながら囁いた。
「今日はまた、えらく積極的じゃねェか、クレイドル」
そこでやっと気付く。未だに男の首を離そうとしない己の姿に。
「ナデュー…！」
白い頬にぱっと朱が上る。
意外と素直に反応するクレイドルを見るのが、ナデューは好きだった。
但し、言葉と態度は相変わらずだが。
「何だよ、カワイイヤツだな。照れてやがンのか？」
くるりと後ろを向いてしまったクレイドルの隣りに、ナデューは当然のように褐色の体を潜り込ませた。
そのまま、後ろから抱きすくめる。
「やめろ、離せ」
そうは言いつつも、決してこの腕から逃れようとしないことも、ナデューは知っていた。
だから、いつも更に強く抱きしめてやるのだ。 「なァ、クレイドル。イク時のお前の顔、すっごく色っぽいんだぜ？
お前、自覚ねェだろうけどな、オレはそれでまたソソられるんだゼ」
わざと耳元に息を吹きかけるようにしながら囁く。
感じることも承知の上だ。
「バ…、バカな事を言うな…っ」 感じている自分から逃れようと、身を捩らせる。
それが、またナデューには楽しい。
「なァ、コッチ向けよ…？」
と言う傍から、強引に体の向きを変えさせる。
赤い宝玉に映る、キャッツアイ。
二つの視線が至近距離で見つめ合っていた。
「…愛してるゼ、クレイドル…」
珍しく真面目な愛の言葉にも、ロクな答えを返すこともできない自分に腹が立つ。
同じ想いを抱いているのに、素直に応えることができない。
「あぁ…。だが、俺は…………」
つと逸らされる瞳、どこか苦しげに細い眉を寄せて。
「俺は………お前を、俺のこの手に……かけるかも知れん…」
ククク、とナデューは喉の奥で笑った。
「オマエにオレが殺せるモンかよ。
…ま、オマエにだったら殺されてもイイかもしれねェが、よ」
「ナデュー…」
再び唇が重ねられる。今度はクレイドルからだった。
奈落にも似た厚い闇の底、悪魔達は人知れず蠢くのであった。
だが、そうだ…
俺にはもう、お前を傷つけることはできないだろう…
誰かを想うことでこんなにも心弱くなる自分を知った時から
お前を失うことを恐れるようになっていたのだから…
愛している…この永遠の闇にずっと…
お前を閉じこめていたい…
ここには誰も要らない…ただ、お前だけがここにいれば…
お前は俺のもので、俺はお前の………。
§ das Ende §
H.13.5.31 23:06 IGHIA.Lied
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日付からもおわかりの通り、２作目です。
裏に乗せたヒデー話を書いた後に、ちょっとラブラブっぽいものを…。
と、思いましたが、やっぱり玉砕してます。
まだ、あんまりラブラブじゃなかったみたいで…。
スタンスがまだ決まってなかったんですな。
先日Ｗｉｎのアップグレードを行った際、
どこからか出てきたので、乗せてみました（笑）