其の壱 海月屋主人の話
俺の名はジョニー。「海月屋」という傾城屋を経営している「快賊」さ。
おっと、間違えないでくれよ、賊と言っても、さらってきた女達に無理矢理女郎をさせたりしている訳じゃないぜ。
この世には、美しく生まれつきながらも、嵐に吹き散らされる、哀れな花達がいる。俺は、そんな花達の辛い境遇を少しでも救ってやりたくて、こんな稼業をしているのさ。
勿論、世の中に困っている女は沢山いるから、申し訳ないが、その辺りは俺の厳しい審査の目に拠って、救ってやるれぇいでーを決めさせて貰うがな。
「いいけどねー、別に。大きくなったらボクをお嫁さんにしてよ？」
やれやれ、こんな場所で生まれ育っただけに、無類のオマセになっちまった。
まぁ、女郎をやらせるつもりじゃないから、色気はなくてもいいんだが…。
あぁ、そうそう、どうやって救ってやるかと言うと、女衒から高く買って、低い利息を付け、高値で客を取らせるんだ。勿論、客も吟味して、な。
まぁ、いくらぱーふぇくとな俺でも、それだけの女をこの「苦界」から救ってやることはできないんでな。「色男 金と力は」ってヤツだな。ま、腕の方は自信があるんだが、金は黙ってても入ってはこないしな。
ん〜、そんな訳で、俺の見世には飛びっきりのいい妓(おんな)が揃ってる。他の見世の親爺はやっかむが、そこはせんすが違うんだなぁ、…せんすが。
俺は心が広いから、美しければ、男でも構いはしない。美しい者が不幸な目に遭うのを、黙って見過ごせないだけなのさ。
おっと、またどこかで俺の助けを求めるれいでーの叫びが聞こえるぜ。
其の弐 浮き世の風に娘の涙雨
ここで、一体何をすれば良いのだろう。
不安な面持ちでカイはその座敷に座っていた。
「あ、いたいた。先に湯を使っちゃっていいから。ボクに付いて来て」
ぱぁんと勢い良く障子を開け放ったのは、まだ少女の域を出ていない娘だった。
くるくるとよく動く大きな目と、歯切れのいい口調は少年を思わせる。
カイを手招きすると、すたすたと歩きだす。
「あの、…どこへ行くのですか」
「どこって…。聞いてないの？ お風呂だってば。ジョニーは後で来るから。取り敢えず綺麗にして、旅の疲れを落としておいたほうがいいよ」
少女は元気良く喋りながら、カイを浴場へ導いていった。
「はい、ここだよ。使い方は分かるよね。着替えはここに置いておくから」
てきぱきと支度すると、少女はさっさと行ってしまった。いかにも手慣れた態度が、カイには不思議だった。
しかし、悩んでいても仕方がない。確かに疲れを取るには風呂にでも入るのが適当だろう。そう思い、カイはさらさらと着物を脱いだ。
湯船は檜製の上等な物だった。
その広い湯船に浸かりながら、カイはこんなことになった巡り合わせを思い出していた。
元々カイの家は、とある城下町の富裕な呉服商だった。
娘の格好をしてはいても、カイは歴とした男。丈夫に育つようにという願いから、十八になるまで娘の格好で育てられたのだ。
もうじき男の格好に戻れる、という矢先のこと。
カイの家が繁盛してるのを妬まれ、商売敵にはめられたのである。忽ち負債が嵩み、挙げ句の果て二重証文で財産を騙し取られる始末。
家産もあっという間に傾き、哀れ、カイは借金のカタに女郎に売られることになったのだった。
勿論、実際は男だから女郎ではなく、陰間である。
とにかく莫大な借金を抱えていた両親は、涙ながらに一粒種の我が子を借金取りに差し出す以外なかったのだ。
そして、女衒に連れられて、この江戸へ到着したのがつい先ほどのこと。
「海月屋」と大書されたのれんを潜り、座敷へ通されはしたものの、誰も現れず。
やっと人が来たと思ったら、いきなり風呂に案内されたのである。
「一体…私はどうなるのだろう…」
考えても、答えは出ない。いや、ここで体を売ることになったのだけは確実だが、まるでそういう経験のないカイには、実感として感じるものがなかった。
汗を流し、いくらかくつろいだ気分になったところで、浴場を出る。
新しい着物が、脱衣所には用意されていた。
「少し…派手だな」
そう思っても、着ないわけにはいかない。
支度が終わったのを見計らったように、先ほどの少女が現れた。
「あ、上がったんだ。ジョニーも帰ってきたから、案内するよ。うん、なかなか似合ってるね」
ませた口調でそう言うと、少女はすたすたと歩き出す。
空は茜色から藍色へと移り、山の端に巨大な入り日が今にも沈もうとしている。
いつの間にか、そんな時刻になっていたようだ。
「あの・・・お家が騒がしいようですが、何かあったのですか？」
「え？ あぁ、今ね、ちょっと大道具さんが来てるんだ。それで、みんな大騒ぎしてるの。みんな嫌がっちゃって」
「？ 大道具…？ というと箪笥か何かの・・・」
さっぱり腑に落ちないカイが問いかけようとしたとき、少女は足を止めた。
「はい、ここがジョニーの部屋だよ。これからのこと、ゆっくり聞いてね」
「あ、はい」
障子を開け放つと、そこには一人の男が物憂げな様子で窓の外を眺めていた。
「ジョニー、新しい人、連れて来たよ」
落日の残光が、男の髪を金色に照らし出す。ゆっくりと、男は振り向いた。
「あぁ、すまなかったな、メイ。さ、お駄賃だ」
「…む〜、また金平糖なの？」
「ん？ 不満かい？」
もう子供じゃないんだから〜とか口を尖らせて言う辺り、まだまだ子供だが、それでもメイという名の少女は、男から金平糖の詰まった袋を嬉しそうに貰っていた。
「じゃ、また後でね。ジョニー、宜しくね」
メイは嬉しそうな弾む足取りで出ていった。
「さて、と…。さっき会ったが、改めて挨拶させてもらうぜ、れぃでー」
「？ あの、私の名前はカイというのですが…」
男は大仰な仕草で両手を広げてみせた。
「あぁ、すまないな。カイ。俺の名はジョニー。この見世の主人さ」
「あ、はい…。…あの、それでジョニーさん、私はこれからどうすれば…？」
ジョニーは腰を下ろすと、芝居がかった仕草で髪を掻き上げた。
「れぃでーは、ここがどんな場所が知っているかい？」
この「れぃでー」というのは、ジョニーの口癖らしい。
「…女郎屋、でしょう？」
気障な様子で、ジョニーは右手の人差し指を左右に動かした。
「チッチッチ…、ここは只の傾城屋じゃぁないんだ。苦界に堕ちた哀れなれぃでー達を救うためにある、俺の城さ」
「はあ・・・」
カイは不得要領な顔で頷くしかなかった。
ジョニーの話によると、こういう事らしい。
世の中には、周囲の不当な扱いを受けて、この世の地獄に落とされる、無力で哀れな女性達が大勢いる。勿論その総てを救ってやることなど出来る筈もないが、その一部なりと助けてやりたいと、ジョニーは志している訳だ。
具体的に言うと、−彼の眼鏡に適った女性だけだが−先ず金の貸し元から証文を取り返す金を用立ててやる。その後、ほとぼりが冷める頃までこの海月屋で面倒を見てやって、田舎へ返してやるのだという。一応、借金の肩代わりをしている訳だから、女達に働いてもらうことになるが、廻しは取らせず、揚げ代も相場以上、客の質も保証されているということだった。
女達が女郎をやっているのは、ジョニーに恩を返したいという気持ちが殆どであるらしい。尤も、晴れて田舎へ帰るときには、ジョニーの方から餞別として幾らか渡してやる事の方が多いらしいのだが。
そんな訳で、カイもこの海月屋に連れてこられたという次第だった。
「あの音羽屋のイノってのは、この辺りじゃ評判の女だからな。全く、俺みたいなないすがいに出会う機会がなかったから、ああなったって専らの噂だぜ」
「はあ・・・」
またしてもカイは訳が分からない顔で頷くしかできなかった。
「さて、ところでお前さんだが…」
ジョニーは上から下までじっくりとカイを眺めた。
「お前さん、体を売るってのがどんなことか、知らないだろ？」
「あ、当たり前ですっ！ それに私は男…」
真っ赤になって言いかけたカイの唇を、ジョニーの長い指がそっと止めた。
「いいんだぜ、俺の胸は総ての美しい者の為にあるのさ」
呆気にとられるほど気障な仕草だが、何故かこの男がやると様になった。
「あの、それで…、私にどうしろと…？」
「そうだな、確かにその衣装は似合っちゃいるが、一つだけみすていくがあるぜ」
何と問い返す間もなく、カイの帯は魔法のように解かれていた。
「なっ、何をっ…！」
慌てて着物を押さえる。勿論、着物の下は緋の長襦袢だ。
「こいつは前で結ぶもんなのさ」
ジョニーはややおどけた様子で片目を瞑って見せたが、少し様子を改めると。
「さて、れぃでー、何事も最初が肝心だ。ここでの暮らしが少しでも楽になるように、俺が手伝ってやるさ」
覚悟を決めるしかなかった。こうなるのが運命なのだと。
ジョニーは襖を開け放ち、静かにカイを抱き上げると、何の変哲もない褥にそっと横たえてやった。
枕元の灯籠をふっと吹き消す。室内は月明かりの仄かな光に満たされた。
カイの頭の後ろにジョニーの腕が回される。男の腕が、静かにカイを抱き締めていた。
心臓が早鐘を打つ。恥ずかしさと不安に、カイはいたたまれなさを感じていた。きつく目を閉じていると、震えまいと思っても体が小刻みに震えてくる。
大きな手が、優しくカイの柔らかな髪を撫でた。触れては離れていく唇が、カイの緊張を解していく。
「そう・・・何もしなくていい、俺の手に、総てを委ねてくれればいいんだぜ」
耳元に忍び入る低い声は、どこか気怠く優しかった。頬に、瞼に、額に落とされる口づけと同じように。
やがて、温かい手が、ゆっくりとカイの細い肩をなで始めた。
恐怖に近い衝撃に、カイの体は反射的に逃げようとしていた。
その体をそっと押さえ、ジョニーの手がカイの髪を幾度も撫でる。
知らず知らず、心が静まっていく。詰めていた吐息が、ほっと吐き出され、何とも言い様のない安堵感に似たものがカイの心に生まれていった。
あでやかな襦袢の襟をかき開くと、ジョニーは白く滑らかな肌をじっくりと観賞した。
カイは、まだじっと目を瞑ったままだ。
「怖くないぜ、…力を抜いてるんだ」
扱きを解き、すっかり襦袢を脱がせてしまうと、ジョニーはもう一度強くカイを抱き締めた。
そっと唇が塞がれた。ジョニーのそれだと気付く前に、もうそれは離れていた。
奇妙な感情がカイの中に沸き上がってくる。胸が高鳴り、息が弾んでくる。
カイはそっと薄目を開けた。月明かりに影になって男の顔は見えなかった。
「…大丈夫だ、酷いことはしない…」
男の手が再びゆっくりとカイの体を解していく。
「あ・・・ジョニー・・・」
不安に体が震える。けれど、男のしっかりとした指先から、体に火を点ぜられていくような気がした。その指が触れた箇所が、徐々に燃え立っていく。
耳元で、幾度も囁かれる低い声。繰り返し落とされる口づけ。
思わず、感じたことのない息苦しさを覚えて、カイはジョニーの肩を強く掴んでいた。
それが、一体何であるのか、カイには分からなかった。
「あ・・・！」
ぴくん、とカイの体が無意識に跳ね上がる。ジョニーの指先が、誰にも触れられたことのない場所に触れたのだ。
「いや、やめて下さい・・・」
その感覚がくすぐったくて、カイは拒絶の声を上げた。だが、身内から吹き出してくる感じは、怖いけれど不快ではなかった。
「もっと素直になって…自然に感じるんだ…」
優しい声が、あやすように囁く。
その間も、手はカイの薄い胸を静かに撫でていた。時折、緊張の為に敏感になった乳首を掠めすぎる指先が、カイの心を崩していくようで。
「わ…私は、一体・・・」
覚えのない熱が、徐々に体を支配していく。ある一点が不自然に熱く、こめかみで血流がずきずきと疼き出す。
どうしたというのだろう、この躯の熱は。息が弾む。何も、考えられない・・・。
首筋に繰り返される優しい口づけに、酔わされていく。
男の手が、そっと熱を帯び始めたカイの躯の中心を握った。
「あっ…！ そんな…イヤ・・・」
甘やかな刺激が、カイの躯を走った。羞恥よりも快楽が先立つ。それが、不思議だった。今まで誰にも触れられたことなどないというのに。
「そうだ…素直に感じてればいい・・・」
忍びやかな声が耳元で囁く。手もなく、カイはその官能の波に翻弄された。
「ダメッ…！ ジョニー・・・助けて・・・！」
未知の快楽は苦痛に等しかった。身の置き所も知らず、カイはただ敷布を必死に握りしめて身もだえるだけだった。
「っ…！ ・・・あぁ・・・」
軽いため息が洩れる。ひくひくと躯を震わせ、呆気ないほどの絶頂に、カイは放心していた。
「今の、は・・・？」
問いかける声に、ジョニーは口づけで答えた。
嗅ぎ慣れない匂いと、とろりと躯に滴り落ちる生暖かい液体。
それをもたらしのが自分だと知覚し、カイは顔を赤らめた。
何故こんなことになったのかは分からなかったが、とにかく恥ずかしかった。
「いい子だ、カイ…さ、躯の力を抜いてな」
あっと思う間もなく、カイは俯せにされ、後門にたった今放出したばかりの精を塗りつけられた。
「ヤッ…！そんなの、いや…！」
人目に曝すような場所ではないだけに、その恐怖心は本能的な反射だった。
その細い躯を背後から包み込む腕。暖かい。大丈夫だからと言うように、甘く耳朶を噛む。くすぐったいような感触に身をすくませると、低い声が耳元で名を呼んだ。
指先が、緊張を解すようにゆるりゆるりと円を描いている。
おぞましい不快感が、その指先から溶けて流れ出していく。いつしか、それは不快から痺れるような快感へと変化していった。
「いや…いやです、そんな・・・」
頭が熱に浮かされたように熱くなる。躯が、燃えるように熱い。何も分からない。
するりと、ジョニーの指先がそこに侵入しては抜き出される。巧みな動きに、いつしか何もかもを忘れそうになる。恐怖も、羞恥も。
再び、カイの分身が熱を帯び始めてきた。巧妙な愛撫に導かれていることは明白だった。
円を描くその動きが、もどかしく焦れったい快楽へと変わり、快楽はまた、苦痛と判別できなくなる。
カイの目尻から、生理的な涙が数滴、転がり落ちた。
「泣かなくていいんだぜ、カイ・・・」
優しくジョニーは唇を寄せ、その涙を吸った。
「でも…、でも・・・」
今度は、少し深く指を差し入れられる。
反射的に其処が緊張し、ジョニーの指を強く締め付けた。
「…力を抜いて…」
わずかに動かされるだけで、カイの躯は軋んだ。引き裂かれる苦痛と背筋を這い降りる不快感はどうしようもなく、カイの心を灼いた。
「やっ…、気持ち…悪い・・・」
吐き気すら伴う嫌悪感に、カイは本気で泣き出しそうになった。どうしてこんな思いをしなければならないのか、と。
「・・・オーケィ、じゃあ、今夜はここまでにしておこう」
すっとジョニーは躯を離し、精に濡れた手を拭った。
「・・・まだ、これ以上何かあるのですか？」
涙に潤んだ目でカイはジョニーを見上げた。
「無理強いするのは俺の趣味じゃないんでね。ゆっくり慣れていけばいいさ」
軽くジョニーは肩をすくめて見せた。
「ほら・・・」
カイの手を握ると、ジョニーは自分の股間に導いた。
「あっ・・・！」
それは、明らかにカイのソレとは違った猛々しさで天を指していた。
「こ、これは・・・」
狼狽える、というより、寧ろ怯えた声でカイは問いかける。
「何にも知らないんだな、可愛いれぃでー」
耳に口を寄せると、ジョニーは低い声で何事か囁いた。見る間にカイの頬が真っ赤になる。
「そっ、そんなこと、無理です。不可能です…！」
何しろ指一本でさえあの苦痛なのだから、とは流石に言いかねたが、ジョニーはその辺りのことも察したようだ。場数を踏んでいるのは伊達ではない。
「いや、れぃでーが嫌なら、無理にとは言わないさ。…まぁ慣れてもらう必要はあるが…。俺がゆっくり教えていってやるから、安心しな」
「その…そんなことが本当にできるのでしょうか…。私には…とても・・・」
脱ぎ散らかした襦袢を羽織りながら、カイは俯いた。
ジョニーは力強く頷いた。今まで何人もそうしてきたんだ、とは言わなかったし、カイも気付かなかった。
「なぁに、焦る必要はないさ。れぃでーが慣れるまで、俺の傍にいればいい」
ジョニーはカイの額に口づけを落とした。
「…あの、済みません・・・」
「謝ることはないぜ、カイ。さ、眠るといい」
優しく促す声は、どこか父を思わせた。
「はい、お休みなさい・・・」
カイが横になると、ジョニーはそっと布団を掛けてやった。
「じゃ、またな」
気障な様子で片目を閉じて見せると、ジョニーは手早く浴衣を羽織り部屋を出た。
「やれやれ、今夜はどこの美女と臥所を共にするかな…」
躯の熱を持て余し、ジョニーは夜の町へと出ていくのであった。
結局、カイがジョニーを受け入れたのは、それから三日ほど後のことであったという。〜Ｅｎｄ〜
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表の６０００hitで相棒の久遠寺聯くんに差し上げました、廓話。
いや、何が廓なんだとか、カイが別人だとか、そんなことは言わないで下さい(T_T)
好きなんです、廓が。とても。
ただそれだけなんですぅ。（死）
第２話はテスのお話。それだけは確実(笑)
うぅ、でも和の風情が出せなくて、とても哀しい…(T_T)
私にはこれが精一杯。
不甲斐ない相棒で赦してくれぃ(T_T)
