「月光の庭」
あの方が私の総てだった。
その言葉は神にも等しい。
変わらぬ忠誠を貴方に…。
いつもの様に夕食を済ませ、ヴェノムは自室に戻った。
今日はどこかがおかしかった。
総てのことに歯車がかみ合わない。
稀に、この様な日がある。大きなミスを犯さなかっただけマシだろう。
その原因が分からないから困る。
自分では気を付けている筈なのに、どうしてもいつも通りにいかない。
一度、クライアントの情報をダストシュートに入れてしまい、慌てて探したこともある。
こんな日は、何もせずに寝てしまうしかない、とヴェノムはベッドに転がり込んだ。
・・・・・・。
寝付けない。
瞼を閉じていることもできない。暗闇の中で目を凝らしても、何も見えず。
瞼の裏に浮かぶのは、ただ、愛しい方の姿で。
余計に興奮してきてしまったようだ。
眠れぬ体を持て余して輾転反側を繰り返していたが、思い切ってヴェノムは起きてしまうことにした。
そうだ、その方がいっそすっきりするだろう。
引き締まったしなやかな体に、ローブだけを纏い、ヴェノムはベランダに面する窓を開けた。
満天の星、その中央に皎々たる光を放つ満月。
美しく、引き込まれそうな夜空がヴェノムの目の前に広がっていた。
「・・・ザトー様…」
いつだって、想うのはあの方のことだけ。思わずヴェノムは愛しいその名を呟いていた。
それは、月の魔力なのだろうか。
ふと瞳を巡らしたヴェノムは、月光の庭を散策するザトーの姿を見つけたのだ。
銀色の柔らかな光に照らされて、金の髪が淡い光沢を放っている。
それが、侵しようのないほど神聖な物に、ヴェノムには見えた。
「あぁ、ザトー様・・・」
うっとりと呟く。聞こえるはずのない小声で。
それなのに、何故彼の人は顔を上げるのだろう。
光を失った眸を闇に巡らせて、そしてヴェノムを捉える。
唇が動いた。整った唇がヴェノムに向けてゆっくりと一言。
”来なさい”
聞こえる筈のない声を、魅惑的なあの声を、ヴェノムの耳は確かに聞いていた。
何もかも忘れてヴェノムは庭に飛び出していた。
ただ、彼を呼ぶザトーの元へと駆ける。
「ザトー様、お呼びで御座いますか？」
自然にその前に跪く。
「ヴェノム…、フフ……待っていましたよ」
ヴェノムの銀の髪を撫でる手が優しく滑り、褐色の肌を愛撫する。
心地よさに引き込まれて恍惚と目を閉じた。
唇が触れる。しっとりとヴェノムの総てを覆うように。
舌を絡める濡れた音が、月明かりの苑に響いた。
「服を・・・脱ぎなさい」
優しい声が命令する。ヴェノムに、否やはなかった。
それが如何なる物であろうとも、彼の人の言葉はヴェノムにとって絶対だから。
「はい…、ザトー様」
立ち上がり、ゆっくりと服を脱ぐ。
月光を浴びたしなやかな裸身は、彫像のように引き締まって、美しかった。
フフ…と満足そうな含み笑いが聞こえる。
「そこに、跪いて・・・」
言われるが侭に、柔らかな柴草に跪く。
若草を踏みしだいて、ゆっくりとザトーがヴェノムの前に立った。
「舐めなさい」
「はい、ザトー様。・・・あぁ、でも、私などで宜しいのですか…？」
ヴェノムの目の前に突き出されたものは、既に熱を帯び始めていた。
「いいのですよ…、お前ならば」
恭しくヴェノムはその先端に唇を寄せた。
両手で捧げ持ち、丁寧に先端から舐め始める。
「もっと、…深く銜えなさい」
頷いて、ヴェノムはそれを口一杯に頬張った。
「んっ……、そうですよ、いい子ですね、ヴェノム」
何度も教えられた通りに、奉仕を繰り返す。
強く吸い、歯で扱き、啄むように口づけを繰り返す。
その度に愛しい人のものが、己の口の中で硬くなってゆく。
それがヴェノムには嬉しい。
二人の荒い息が、月の光満ちる庭に流れる。
「お前も、自分で…」
ヴェノムははっと顔を上げた。
逆光に彩られた顔には、悪戯っぽい微笑が浮かんでいた。
「このまま、ですか…？」
震え声のヴェノムの問いに、ザトーは無言で頷く。
ぽっとヴェノムの浅黒い頬に血が上った。
「はい・・・分かりました、ザトー様…」
ヴェノムはもう一度ザトーのものを口に含み、微かに震える手で己自身をそっと握った。
それは、ザトーの愛撫を待つように、熱く脈打っていた。
「あっ…！」
思わず、高い声が上がった。
何故か、自分一人で慰める時とは比べ物にならないほどの快楽がヴェノムの脳髄を痺れさせた。
「あっ…んっ…んふぅ……んんっ…」
濡れた音を立てながらヴェノムはザトーのペニスを舐め回した。
それは、好物に群がる犬のように貪欲な動きだった。
「ほら、…ヴェノム、手が止まっていますよ…」
促す声すらも、優しい。悪魔のような優しさだった。
その声に導かれて、ヴェノムは手を動かした。
くちゃくちゃと音を立て、先走りに濡れた自分自身を懸命に扱く。
力が抜けていく。
快楽と奉仕に、総ての意識を奪われそうだった。
「あぁ・・・ザトー、さ…ま・・・」
口の中を犯すザトーのものも、限界まで張りつめていた。
喉の奥に先走りの味が残る。
「…いいですよ、ヴェノム。・・・一緒に…」
ぐっとザトーの両手がヴェノムの頭を抑えつける。
２，３度激しく腰を振ると、ザトーはヴェノムの喉の奥に放っていた。
「…っ！！」
同時に、ヴェノム自身も果てていた。
手に、腹に、そして緑の草の上に、点々と白い体液が散った。
「あぁ…こんなに汚して。いけませんよ、ヴェノム」
笑いを含んだ声が、ヴェノムの頭上から降ってくる。
自らの精に濡れた手を、ザトーの手が優しく包んだ。
「さぁ、後ろを向きなさい」
「はい・・・」
夢見る人のようにヴェノムはザトーの言葉に嬉々として従った。
「そう…その樹に掴まって…そう、腰をこちらに…」
枝に縋り、恥ずかしい体勢を取らされる。
ヴェノムはこの格好は好きではなかった。何もかもをさらけ出すのが嫌だった。
浅ましい自分を見られているようで、出来れば止めて欲しいと思ったが、そんなことを言える筈もない。
「あぁっ…」
狭間に先程ヴェノムが放出した精を塗りつけられる。
ぬめりとした感触は、いつまで立っても悪寒を伴う。
「力を抜いて…」
「あぅっ…！」
ずるりと入り込んできたザトーのもの。
躰を不自然に押し広げられる苦痛は、何度受け入れたところで慣れるものではない。
「ザ、ザトー様・・・！」
樹に縋り付く。そうでもしなければ、そのまま崩れてしまいそうだった。
「あぅっ…！ あっ！ あぁっ…」
ゆっくりと侵入してくる異物にヴェノムは泣いていた。
ザトーの手が、緊張をほぐそうとヴェノムの胸をまさぐる。
硬くしこった乳首を優しく指先で転がすと、大きな吐息が零れた。
「いっ…いいっ…あぁっ…ザトー様・・・！」
弾む息、濡れた音、月明かりの中、繋がる躰。
熱い塊がヴェノムの内部を動き、快楽の波を生み出していく。
寄せては返す快楽の波に、ヴェノムは溺れた。
「あぁ、イイっ…！ ザトー様、………ザトー様ぁっ…！」
「イイですか、ヴェノム…。イキなさい、ほら…」
背後から回された手で、ヴェノムのペニスを擦り上げられる。
「あぁっ………！」
もう、耐えられなかった。
愛するお方に抱かれ、刺激されては、堪える術などない。
「イイッ…！ イクッ………ッ！」
「クゥッ…！」
そして、二人は同時に果てた。
ずるずるとその場に倒れ込むヴェノムの躰を、ザトーが優しく抱き留めた。
「ザトー…様・・・」
薄れ行く意識の隅に、優しく微笑むザトーの顔が見えた気がした。
翌朝、ヴェノムはきちんと寝間着を着て、自分の寝台に横たわっていた。
躰も汚れてはいない。まるで、総てが夢だったのかと思う程。
「…起きたのですか、ヴェノム」
「！ ザトー様」
振り向けば、壁に寄り掛かった姿勢で、ザトーが立っていた。
「ザトー様、あの・・・」
流れるような動作で歩み寄ってきたザトーが、ヴェノムの額に口づけを落とす。
「可愛いですよ、ヴェノム」
「そ、そんな…！ ヴェノムは、そんな…」
上気した頬にも口づける。
「いいのです。…さぁ、ヴェノム、行きますよ、支度しなさい」
「はい、ザトー様！」
浮き浮きとした気分でヴェノムは起き上がった。
昨日のあの憂鬱が嘘のように消え去っていた。
月光の射し込む庭園で、二人愛し合ったこと。
満月に照らし出されたあの方の姿。
それらを忘れることは決してあるまい。
ヴェノムは、あの至福の瞬間に、確かに自分の時が停まったと確信していた。
これからも、戻るのはあの時間、あの場所しかない。
そう、どれ程の時が流れ、どれ程二人が離れてしまったとしても…。
〜Ｅｎｄ〜
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