「片羽」

一つの奇跡が生まれ、フラヒスとアンヌンは和解を果たした。
長らく断絶していた二つの世界球は、今ここに手を取り合い、新しい愛に満ちた世界へと発展していこうとしていた。
しかし、和解が成されたからと言って、アンヌンが見捨てられてしまった訳ではなかった。
悪魔達は、余りに深く闇にその身を委ね続けてきた。
今も去り難く、この暗黒の世界球に留まっているのだ。
特に、この呪縛の悪魔、クレイドルは。

和解が成功したお陰で、おおっぴらにフラヒスにもリルダーナにも行かれるようになったナデューは、
最近ちょくちょく外出している。
狩りをしたり、天使どもをからかったりしているらしい。
元々外出の好きではないクレイドルに、シトラがさり気なく教えてくれたものだ。
それ自体は、まぁ仕方がないと諦めよう。
しかし、そのせいか、二人きりで居られる時間、ナデューは寝ていることが多くなった。
何故だ？
クレイドルは首を捻る。
何も、自分の相手が出来ないほどに遊び回ることもないだろうに。
知らず、眉間に皺が寄る。
一度考え出すと、キリもなく思考がワープを始め、胸が苦しくなってくる。
もしかすると…という嫌な疑念ばかりが沸き上がってくる。
嫉妬？　この俺が？
その思いに、首を横に振る。
違う、そんなことはない、と。
ただ、何の遠慮も要らなくなったからはしゃいでいるだけに違いないと、自らを納得させようとする。
欺瞞だと、どこかで分かっていながら。
けれど、その昏い想いの故、クレイドルはリルダーナに向かうナデューの後を尾けるという、
我ながら情けない真似をする羽目になってしまったのである。
そこでクレイドルは、楽しげにアドルと談笑するナデューの姿を目撃してしまったのだった。
木陰に身を隠し、掌に爪が食い込むほどきつく拳を握りしめる。
躰が細かく震えていた。
これ以上は見ていられず、悔しさに歯噛みしながらアンヌンへと飛び去った。

部屋に戻る。が、躰の震えは止まらず、ただ立ち尽くす。
目の前が闇に閉ざされてしまったようだ。
躰が、心が滾る。
こんな時こそ、贄が欲しい。ただ思い切り責め苛むだけの贄が。
血を見なければ収まらない、そんな気がした。
けれど、それでも…！
クレイドルは己のプライド故に、ナデューにその事実を確かめることもできず。
ただ徒に鬱々と気の晴れない幾日かが続いた。
そして、ある日のこと。
シフィールが不意にフラヒスへ行くと言い出した。
どうせルー・マクイールとの逢瀬であることは明白である。
それなのに、全員に付いてこいと言う。
フラヒスの花見をするのだとかしないのだとか。
そう言われて逆らえる悪魔は、アンヌンにはいなかった。
「シフィール様もよ、こう行ったり来たりしてねェで、どっちかに永住しちまえばいいのによ。
なァ、そうは思わねェか、クレイドル」
脳天気にナデューがそう話しかけてくるが、ここ数日ロクに口を利いていないクレイドルであった。
「フン…勝手にするがいい」
「なンだ、そりゃ」
そのままナデューを打ち捨てて、先にフラヒスに飛ぶクレイドルであった。
控えの間。誰が気を利かせたものだろう。クレイドルはナデューと同室であった。
「…おい、どうしたンだよ、クレイドル。オマエ、最近おかしいゼ？」
「…別に」
素っ気ない口調、我から不機嫌を告白しているようなものだ。
「おい、コッチ向けって」
ぐい、と両肩を押さえられ、強引に目を合わせられる。
眩しいほどの紅の瞳が、正面からクレイドルを見据えていた。
その瞳を見ていると、堪らなく苛立たしく息苦しい。
「・・・離せ」
ふい、と視線を外し、小さな声で呟いた。
正視するのがつらいから。
「離さねェ。オマエのその態度のワケを聞くまではな」
不意にこみあげてくる、怒りと不快感。
何も分かってなどいないくせにと思う程、押し殺してきた感情が暴れ出す。
「…こんなところになどいないで、アドルのところにでも行けばいいだろう」
言い出せなかった一言を口にした途端、気が楽になった。
思いがけない一言に、ナデューは一瞬呆気にとられた。
なんで、アドル？　というのが本音だったろう。
よくよく思い返してみれば、最近余り相手をしていないような気もする。
「…もしかして、ヤキモチか？　オマエが、なァ、クレイドル？」
「誰が妬くかっ、お前になど！」
事実を言い当てられ、クレイドルの頬がぱっと赤くなる。
何よりも正直なのは、その白い肌かも知れないとナデューは思っていた。
それにしても、アドルとは、全然思い当たらないナデュー。
構ってくれないからと拗ねているクレイドルが、可愛くてならなかった。
しかし、気儘に何処へでも行かれる楽しさに、自分が浮かれていたのもまた事実だし、
ここは一つクレイドルを満足させてやるか、とナデューは考えた。
「よっしゃ、来い！」
「なっ…！　放せ、ナデュー、俺はお前となど…！」
無論、クレイドルの抗議など全く耳に入らない。
ナデューはそのままクレイドルの腕を掴んでずるずると大広間へ引きずっていった。
ばぁん、とドアを開け放つと、既に数名の天使と悪魔が思い思いに腰を下ろしたりしていた。
皆、訝しげな顔で二人の方へ視線を投げる。
「クレイドル、愛してるゼ」
「なっ…何を…！！」
いきなりの告白に、周囲もただ唖然とするばかりだった。
「愛してる。オレの気持ちに偽りはねェ。オマエはオレのものだ、オレだけの…」
「そ、そんなこと…」
クレイドルの全身から力が抜けていく。
心を凍てつかせていた冷たい悋気が、見る間に消えていくようだった。
「オレはオマエだけを愛してる。…オマエは？」
「俺は…。・・・俺は、いつだってお前を…。そう、言っているだろう？」
ナデューは意地悪く唇を歪めた。
「オレを…？　何だヨ、言えって」
困惑するクレイドルの様を楽しんでいるのだろう。
クックック、と可笑しそうに喉の奥で笑う。
「だから…、俺はお前を………」
言える筈がない。こんなに大勢の前で、そんな恥ずかしいことを。
だが、ナデューは言わない限り解放してくれそうもなかった。
「お前を・・・」
真っ赤になり、俯くクレイドル。
薄く整った唇が、２，３度虚しく動いたが言葉にはならず。
「言わねェと、放さねェからな」
思った通りだった。
暫く眉を寄せて逡巡していたが、やがて顔を上げてナデューの目を真っ直ぐに見る。
「あ・・・あ…愛して、いる…ナデュー」
顔から火が出そうなほどに恥ずかしかったが、それでもどうにか想いは言葉になった。
「オレも、オマエを愛してるぜ。だから、…オレもオマエだけのモノなんだよ」
その時、周囲の視線も風景も、何もかもが消えた。
「…あぁ、ナデュー、愛している…！」
ぐっとクレイドルの腰を抱き寄せるナデューの腕。
その腕が、その言葉がどれ程欲しかったことか。
その熱にどれだけ飢えていたか。
総てが氷解していくようだった。
そうして、互いの愛に満たされて、生まれ変わっていくような気さえして。
「やれやれ、お熱いことで…」
呆れたように扇子で顔を扇ぐシトラの視線の先で、恋人達は熱い抱擁と口づけを繰り返していた。

〜Ｅｎｄ〜

******
ｇｕｇｕ様に差し上げた2000hitでございます。
「些細なことでヤキモチをやいたクレイドルに、衆人環視の中、
『オレはオマエのもの、オマエはオレのもの』宣言をするナデュー」
というものでしたが…。
すみません、甘々ってこのくらいが限度です（笑）
タイトルの「片羽」はベターハーフって気持ちだったんですが、
その言葉を言わせる機会もなく終わってしまいました(^^;)A