「極Ｓ理論」
気がついたら、柳生は固く冷たいコンクリートの床に横たわっていた。自らの意志ではない。転がされている、と言った方が正しい。
足首、膝の上、そして二の腕がきつく戒められている。大きく反り返り、胸を開かされて身動き一つままならいような姿だ。背に当たる感触から、腕を縛った縄の間には木の棒のような物がつけられているらしい。
「これは・・・」
「お目覚めだねぇ」
薄暗い部屋に、高い女の声が反響して響いた。
首を声のした方にねじ向けると、マスカレードに顔を隠し、ボンテージに身を包んだ女の姿。そして。
「仁王くん…！」
「喚くんじゃないよ。後で嫌でも啼かせてやるんだからさぁ」
女の足下には鎖に繋がれた仁王が同じように転がされていた。
「あなたは…」
女は楽しそうな笑い声を上げた、一見華奢とも見えるやせぎすな躯から、言い様のない残忍な雰囲気を感じる。
「いい顔だね。あんたのその顔が、恋人を犯されてどう歪むか楽しみだよ」
「・・・貴方のような老嬢に何かされても仁王くんは喜びませんよ」
「黙りなっ！」
甲高い声を上げると、女は苛立ったように床を蹴った。
「あんたの恋人も、イキのいい、いたぶり甲斐のある目をしてるねぇ。あぁ、もう、楽しくって堪らないよ」
女の手からパチパチという音。見ると、それはありふれた３０㎝定規だった。
「あんたみたいなドサドが屈辱と怒りに、歯噛みする姿…。感じるまいと思っても感じざるをえないこの淫乱な男…。たまらないんだよねぇ、あたしは」
女は仁王の頭を抱き上げた。愛しそうにその頬をさすり。
「いつまで寝てるの、可愛い坊や」
そして、手にした定規で思い切り仁王の頬を殴りつけた。
「やめたまえっ・・・！」
「もっとイイ声で叫びなっ！」
女は次に仁王の引き締まった腹に定規を振り下ろした。肉を打つ、乾いた高い音。
ぴくりと反応するからには、意識はあるのだろう。しかし、その口にはしっかりと猿轡が噛まされていた。
「あたしは古風な女なのさ」
「下らないことを…。お前のような下衆な女が、仁王くんに触れるなど」
拘束することはあってもされたことなどない柳生は、本気の怒りで腹の底から煮えくりかえるようだった。
「離しなさいっ！」
「…あんたの背の棒。そのまま回したら、二度と腕が使えないくらいになるねぇ…。あ～、楽しいねぇ。あんただって好きなんだろ？」
「仁王くんを離したまえ…！」
ふ、と女は鼻で笑ったらしい。
「何を言ってんだよ、これからがお楽しみじゃないか」
女はかがみ込むと何やら取りだした。歪な形状の、それ。
仁王は目を見開いた。見たことはある。ボディークリップだ。
「んーっ、んーっ！」
鎖に巻かれた身を捩って必死に抵抗しようとする。鎖が床に擦れ、耳障りな音が鳴った。
「静かにしなっ」
女は暴れる仁王の腹を踏みつけた。
「やめたまえ！」
柳生の叫びも、女には何の効果もなかった。
「あんただって、その男に相当開発されてんだろ？今更嫌がる振りなんかしなくたっていいんだよ」
クスクスと笑いながら、女は仁王の小さな乳首にしっかりとクリップを装着し、スイッチを入れた。
「んんっ…！」
痛み。それだけが仁王に与えられた総てだった。
「ほぅら、思った通り佳い顔だ。あんたの恋人にも見せておやり」
女は優しいと言える手つきで仁王の躯を抱き起こした。重みでクリップが下がる。
「仁王くん…！ 何という…！」
柳生はギリ、と奥歯を噛み締めた。仁王に痛みと屈辱と快楽を与えていいのは自分だけだ。それなのに。
「ぐっ…んぅっ…！」
引力と重力で振動部が下に垂れ下がり、仁王の乳首は千切れそうなほど痛んだ。
吊り上がった目尻から涙が滴り落ちる。だが、それは抵抗を諦めた、自己憐憫の涙ではない。
「仁王くん・・・、仁王くんっ…！」
なりふり構わず、柳生は不自由な身体を動かして仁王に近づこうとあがいた。
「おやおや、まだこれぐらいの刺激じゃ感じないのかい、坊や」
女は片手をす、と仁王の股間に伸ばした。それは、まだ熱を持たず、萎れたままだ。
抵抗するように、仁王は首を激しく横に振った。ぱらぱらと銀の髪が乱れる。
「あぁ、そうかい、可哀相に。男に突っ込まれないと感じないんだねぇ」
くすくすと女は嫌な感じで笑った。
「いいよ、楽しませてあげようじゃないか」
暗がりから、女は大きなボトルを取りだした。それを、仁王の腹の上でゆっくりと傾ける。
どろりと流れ落ちる無色透明な粘液。業務用のローションのようだった。
「何を…！ 何をするつもりなのですかっ…！」
「喚くんじゃないよ。あんたも大好きな事さ。…この子をよがらせて啼かせてあげるんだよ」
笑いながら女は、極太サイズのディルドを取りだした。よく見ると、ここには色々な道具が用意されているようだ。
「んーっ！んんーっ…！」
そんなものをいきなり突っ込まれたら躯が危ういと悟った仁王が、必死にもがく。
「あぁ、そうかい。あんたも早く欲しいんだね」
「何故、こんなことを…！」
柳生の叫びに、女は鼻で笑いながら答えた。
「あんただってそうだろう。気の強い子を嬲って泣かせて犯してやりたいんじゃないのかい？」
一瞬、柳生は言葉に詰まった。自分のしていることは確かにそうかも知れない。だが、それは、相手が仁王であるからであって、仁王を犯して良いのは自分だけなのだ。そう言いたかった。
「あんたとあたしは同類さ。すぐにひぃひぃ泣くような奴隷に用はない。いたぶり甲斐のある可愛い子が、それでも必死に抵抗する様を見ないと興奮しないんだろう？それでこそ泣かせ甲斐があるってもんさ。…だから、あんたもせいぜい悔しがっておくれよ、あたしの為に」
「・・・誰が、お前の為など…」
柳生は唇を噛みしめた。怒りにキツイ目が益々鋭くなる。
「あぁ…いいね…、その目。たまんないよぉ」
女は気持ちよさそうな高笑いを上げた。
「やめたまえ、仁王くんを苛めて良いのは私だけです…！」
「…煩いよ！」
女は苛立ったように柳生の肩を蹴り飛ばした。
そのまま手際よく仁王の両足を胸に付くほど折り曲げた。丁度柳生の目の前だった。
仁王も抵抗しているが、女は全体重を掛けてその抵抗を抑え込んでいる。
柳生の目に、仁王の秘所が余す所無く露わにされる。
女は片手にたっぷりとローションを垂らし、固く閉ざされた仁王の蕾に指を宛がった。
「ほぉら、あたしは優しいからねぇ」
舌なめずりしながら、女は仁王の秘部に指を突き立てた。
「んぅっ…！」
ぴくりと仁王の躯が跳ね上がった。ばたばたと足が揺れるも、上から覗き込むように抑え込んだ女の背を無駄に弱く蹴るばかりだ。
「ここだろ？此処にこの太いのが欲しいんだろう？あんたの大好きな男みたいに、奥深くまで突いて欲しいんだろ？」
グチャグチャと卑猥な水音を立てて、女は仁王の中をかき回した。
「んぐっ…、んんっ…！」
ゆっくりと充血していく其処に、女は更に二本指を挿入し、押し広げた。
「仁王くん・・・っ！」
悲痛な叫びを上げる柳生。その目の前で、ずぷりと仁王の濡れたアナルにディルドが突き立てられた。
「・・・っ！」
声にならない叫びを上げる仁王。限界以上に押し広げられた其処が、苦しそうに息づく。細い躯がぶるぶると震えている。
「ほら、いいだろう？…あぁ、やっぱりあんたは突っ込まれないと感じないんだねぇ。淫乱ないやらしい躯さ。可愛いねぇ」
慣れた手つきで、女はディルドからぶら下がっているヒモを仁王の太股の付け根に括り付けた。
暴れてももがいても、それは外れそうもなく、しっかりと仁王の内部に固定された。却って暴れるほどにそれは仁王の内部を刺激するばかりだ。
「どんなに佳い声で鳴いてくれるんだい。あんたの恋人の前でさ」
女は仁王に噛ませていた猿轡を外した。
「離、せ…こん、クソババア…！」
仮面の奥の女の目が、不快そうに細められた。
「黙りな…！」
乱暴に女は仁王の頬を裏手で払った。乾いた音が、何もない空間に響く。
衝撃に、片方の乳首のボディクリップが弾けるように外れた。
「ひぅっ…！」
「仁王くん・・・！」
女は抑え付けていた仁王の躯を離すと、何かを手に立ち上がった。
「いい度胸だ。・・・覚悟は出来てんだね」
ひゅっと空気が鳴った。それは、鞭であった。
音の派手な六条や八条の短い鞭ではない。一条の長い鞭だ。
女の身長は１６０センチそこそこというところだろう。それよりも鞭の方が長い。
「ほら…、叫びなっ…！」
びゅっと空気を切り裂いてしなやかな革の鞭が振り下ろされた。
「あぅっ・・・！」
バシッ、という乾いた肉を打つ音。仁王の躯が跳ね上がった。
打たれた箇所が見る間に赤く染まっていく。白い仁王の肌に、くっきりと鮮やかに。
「やめなさい…！」
怒声。柳生の冷静な顔が、怒りで歪んでいた。
「くくっ…！ たまんないねぇ、その面。さぁ、もっと楽しませておくれよ」
「誰が・・・、お前なんぞに…！」
打たれた痛みに涙の浮かんだ目で、仁王は女を睨み上げた。
「このような事をして…何故です！誰かを苛みたいのならば、幾らでもいるでしょう！」
ふん、と女は鼻で笑った。
「何言ってるんだい、あんただって分かってんだろ。苛められたい奴なんか苛めたって面白くないって。このあたしが、奴隷にご奉仕するなんて。ボランティアだよ、そんなの。冗談じゃないね。そんなの相手にしたって萎えるだけさ。あんただってそう思うから、この子を可愛がってるんだろ」
再びひゅっと空気を切る音。
「ひっ…！」
また一条、赤いみみず腫れが仁王の腹に刻まれた。
「やめたまえ…っ！それぐらいなら私を・・・！」
女は少し驚いたように柳生を見た。
「はっ…！何だい、代わりに私をぶって下さいって？ 何を純愛ぶってんだよ。あんただって、興奮してる癖にさ！」
女は気持ちよさそうに哄笑を放った。
「第一、…あんたなんか、殴ったって…面白くも、なんともないよ！」
心底楽しそうに鞭を振るう。その度、仁王の躯が跳ね上がり、鎖が床に擦れて耳障りな音を上げた。白い肌が忽ち真っ赤に染まる。
「仁王くん…っ！」
悲痛な叫び声。自分の事なら柳生とてこれほど取り乱したりはしない。それは、ただ偏に愛する仁王の為だからこそだ。
「駄目です、仁王くんを苛めて良いのは私だけなのです…！」
「ははっ…！愛してるからかい？ お気の毒だね、あたしもこの子を愛してんのさ！…あぁ、気持ちよすぎて、このままイっちまいそうだよ…！」
狂ったような高笑いを響かせ、女は身悶えしている柳生の頬を踏みつけた。
「ほら、もっと可愛い恋人の顔を見ておやりよ。ゾクゾクするだろ。可愛すぎてさ」
ギリ、と柳生は歯を噛み締めた。その目の前に、痛みと、無機物に犯されてどうしようもなく快楽を与えられている恋人の姿。
「柳生・・・、俺なら平気じゃ…。こげん奴に何されても…」
潤んだ目が柳生を見つめた。
その毅然とした艶やかな姿こそ、確かに柳生の愛した恋人の物で。
「あぁ、可愛い子だね。だからこそ、あたしも苛め甲斐があるってもんさ」
女は場所を移ると、先程自ら仁王の中に埋め込んだディルドを足で突き上げた。
「あっ、んっ・・・！」
それが何処かを刺激したのだろう。艶を含んだ喘ぎ声が上がる。
「やめなさい…！」
幾度目だろう。柳生は必死に何らの効力もない、制止の声を上げた。
自由の利かない躯をそれでも何とか動かし、縛られた両足で女の足を蹴った。
その瞬間、仮面の奥の女の目が、物凄い光を湛えて柳生を睨んだ。
「煩いね！」
ガッとヒールが柳生の脇腹を蹴りつけるように踏んだ。
「あんたはそこで、恋人がオモチャに犯されてよがる所でも見てイってりゃいいんだよっ！」