「１０月１９日」

部を引退したはずの姿が目の端に映り、赤也は目を輝かせてその後を追った。
今では立派に部長職を務める赤也（気が短いのがしょっちゅう傷だけど、とは現在の
立海レギュラーの本音である）だが、引退した先輩たちの姿を目にした瞬間、普段は
隠している一面がついつい表面に出てしまう。
先輩たち大好きの甘えっ子。・・・・な本性だ。
しかも、今見えた銀髪はその中でもあらゆる意味で特別に好きな先輩。
隣に、嫌味なほどストレートで茶色い髪も見えたけど気にしない。
赤也は、校舎からもコートからも死角になっている、テニス部部室の裏手に消えて
いった二つの影を追いかけた。
見に来てくれたなら声かけてくださいよ〜、と声をかけるつもりで。
しかしそこで赤也が見たものは。
「ではこれで。１０月１９日よろしくお願いしますね」
「毎度あり」
赤也にとっては月に一度、しかもたった一枚しかお目にかかれない茶色いもの・・・
・を仁王に手渡す柳生と。
受け取ったそれをピピピと慣れた手つきで確認して指先ではじき、二つ折りにしてポ
ケットに突っ込む仁王の姿だった。
ニッと笑って去っていく仁王の後姿を眺めながら、赤也はしばし放心した。が、すぐ
に正気に戻って、壁の角から飛び出す。
「・・・・！？ちょっと！！柳生先輩、今仁王先輩に何渡したんすか！？」
「おや、切原君。久しぶりですね」
「あ、そーっすね。ってか見に来てくれたなら・・・・じゃなくて！！なんで柳生先
輩、仁王先輩に金払ってんの！？」
「切原君には関係ありませんよ」
「そりゃそうかもしれないッスけど！すげぇいっぱい渡してたじゃないっすか！？一
体どんな弱み握られて強請られてんすか？ダメっすよ人生台無しっす！今のうちに幸
村部長に相談してなんとかしてもらいましょうよ！それか、なめられないよう反撃し
ましょ！お仕置き・・・・手伝うっす！」
「違います。まったく、人をなんだと思っているのですか」
何故かどんどん興奮していく赤也とは対照的に、くいっとメガネを押しあげる柳生の
仕草に動揺は見られない。
「じゃあなんなんすか！お手当てってやつっすか？パパなんすか！？」
「君はもうちょっと中学生らしいテレビ番組を見たまえ」
決して質問に答えようとしない柳生。どうしても赤也に言いたくないのか、微妙に話
をずらそうとしているのがわかって赤也はムキになった。
だが立ち去ろうとする柳生の腕を掴む寸前、赤也の肩に手が置かれたのだ。
しかも背後から。
「なんだ、雅治はまだやっていたのか」
「ギャあァあっ!・・・柳さん！！いつからそこに！？」
突然背後から現れた柳に驚いて、赤也は反対側の部室の壁までとびすさった。そのま
ま部室と同化しそうになっている赤也を無視したまま、柳は柳生の正面にまわりこん
だ。
「随分と奮発したようだが一体いくつオプションをつけたんだ？」
「ニつだけですよ。ただ、二十四時間分なもので」
「なるほど。それで１０月１９日か」
「ちょっとちょっと！一体何の話っすか？」
「赤也は知らないか。仁王は非公式で恋人代行業をやっているんだ」
「こいびとだいこー・・・・」
柳の口から出た信じがたい内容に、赤也はあっけにとられた。
それはつまり援助・・・ってやつではないのだろうか。呼び方を変えればいいという
ものでないことは赤也にもわかる。
「んじゃ仁王先輩を金で買っ・・・・ってか！柳生先輩がなんでんなことする必要が
あるんスか・・・・？」
赤也が疑問に思うのは当然だ。
「だってんなことしなくても・・・・あんた、仁王先輩と付き合ってんじゃないっす
か」
「その通りです」
柳生と仁王が付き合っているのは、テニス部ならば公然の秘密だ。
二人の結びつきは強くて深い。それでいて部活にも学業にも支障をきたすことなくそ
つなくこなす彼らだからこそ、暖かく見守られ（という名のほったらかされ）ている
のだ。
お陰で赤也は初恋に破れ、涙した。それはそう昔の話ではなく・・・・
「バッカみてー・・・ってかもしかしてアンタらもう別れてんすか・・・・？」
そう問いかけると同時に、アデュ、という謎の擬音をたてるチョップが赤也の延髄を
襲った。
もんどりうった赤也を、柳生は冷ややかに見下ろす。
「そんなことありえるわけがないでしょう」
「んじゃなんでっスか！？」
「それは・・・・」
涙目になっても必死で問いかける赤也と、一瞬言いよどんだ柳生の間に、傍観を決め
込んでいたわけではないらしい柳が割って入った。
「まぁ・・・雅治はプロ意識が強いからな。ある意味職人気質というか・・・」
「だ・か・ら・何でなんすか！？」
このままでは埒があかないと判断し、赤也は今度は柳に尋ねてみる。
なのに意地でも答えなさそうだった柳生が先に口を開いた。
「彼は・・・仁王君は、契約時間内は非常に徹底した恋人ぶりを発揮するのです」
「これ以上ないほどコチラを楽しませてくれる『良い』恋人だ。雰囲気作り、言動と
もに、普段の愛想のなさが嘘のようだぞ」
「しかも甘さ、１０割増しといったところでしょうね」
・・・・・・・・・・
なんて阿呆らしい、と思うのが半分、俺でも出せる額？と思うのが半分の、複雑な赤
也だ。
そんな赤也の内心を見透かしたのか、柳生の眼鏡が光る。
「・・・・・・・２４時間分６万円オプション二つでプラス５万円ですよ」
「はぁ！？」
「赤也、無謀なことは考えるな。ちなみに柳生が言った金額はメンバーズ料金で、更
に『レギュラー割引』『メガネ特約』で割り引かれた額だ。デートにかかる費用もこ
ちらもち」
がっくり肩を落とす。
というかそんな悪徳商売が成り立つ世界は間違っていると思う。
それなりに割り切れたとはいえ、今でも完全には諦めることができないでいる大好き
な仁王が、かりそめとはいえ誰とでも恋人時間を過ごしているだなんて、考えただけ
で赤也は心中穏やかではいられない。自分の恋人がそんなことをしているのを知って
いて止めない柳生の神経も疑う。しかし同時に、コツコツと小遣いを溜めるまでその
商売を続けておいてくれないかな、とも思った。
「俺はずいぶん前のお試し期間に、二時間、オプションなしを体験しただけだが、見
事にこちらの好みを把握していたので驚いた」
「その段階で癖になり、のめりこまないところが冷静な柳君らしい」
「身を持ち崩すのはごめんだからな」
悪代官と越後屋の会話を彷彿とさせる二人の会話は、すぐに終わった。
それでは、と背を向けた柳生を見送ってから、柳は赤也を促してコートに向かって歩
き出した。
ただ出現したわけではなく、後輩の指導をしに寄ったことをちゃんと覚えているから
だ。
一応並んで歩きながら、世にも奇妙な表情で考え込んだままの赤也の様子を、柳はチ
ラリと横目で見て（見えています）一言。
「あれだけの高額設定は何故だかわかるか」
溜息交じりそう言われても、赤也には理解できない。
「言い値でポンと出せる人間がそうそう居るわけではない。おおっぴらに広告を出し
ているわけではないのだから」
「え？え？それってどういう・・・・」
「ウルトラぼんぼんとゲーム好きの詐欺師のほんのお遊びだ」
「・・・・・・はぁ？」
「自分への誕生日プレゼントに金を使って欲しくないから前もって資金を渡すという
安直な男と、相手の特別な日だからこそ演技をしているフリをしてでもその実素直な
言動で一緒に過ごしたいと願うひねくれた男の、理解しかねる精神的オリエンテー
ションというか」
「ナンジャソリャ」
「オリエンテーションの意味か？」
「違うっすよ！ってかなめてません？なめてますよねあの二人！色々と！」
それこそ色んな意味で鼻息を荒くする赤也の肩を、柳はいさめるようにポンポンと叩
いた。
「仁王先輩がっそんな健気で一途なんイヤだーーーーっ！！」
中でも一番赤也が思ったことはそれだったらしい。
「まぁ柳生に高額・・・そうだな。たとえ１０万の物を贈ったところで、仁王にとっ
ては先行投資でしかないのだがな」
「なんで！？」
「４６日後には１０倍返しだろうから」
「あの二人に世間の中学生の相場ってモン教えてやるっす！！」
「だから。あの二人にもう関わるんじゃないと言っているんだ」
淡々と。だがいたって優しい響きを残した柳の声に、赤也はハッとなって顔を見上げ
た。
「人間あきらめも肝心というだろう」
「・・・・・・うーっす・・・・・・」
自分のことも他人のこともとことん秘密主義な柳が、ここまで種明かしをしたのは、
未だ宙ぶらりんな想いを抱いたままの自分の先行きを心配してのことだったと気付
き、ムズ痒い気分になる赤也だった。
（でもさ柳さん。仁王先輩って俺にはそうとう甘いよ。だからあの人とは違う方面で
攻めたら結構いけるんじゃないかなぁ）
（例えば、その商売俺もやりたいから指導してって頼み込んだらさ。実践見せてくれ
るかもよ？そしたらとりあえずその日のデートの邪魔はできるわけだし）
ブツブツ呟きながらなにやら企んでいるらしい赤也を、柳は仕方のない奴だと肩を竦
めて見守っていた。
そうそうにあきらめた自分とは違って、闘志の持ち続けることができる後輩を、末恐
ろしいとかどこか頼もしいとすら感じながら。

******
随分と以前、ありがたくも頂いてしまいました！
はてな様からの柳生誕生日小説！
てか、赤也が可愛いよ！
仁王もけなげだよ！比呂士キモいよ（笑）
なのに今更になって何をしている、私…(T_T)
こんな不義の輩ですが、これからもヨロシクです〜＾＾

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