「夜更けにサンタ」

「あ〜、寒か〜」
仁王は独り言を呟きながら、細身の長身をベッドに潜り込ませた。
今夜はクリスマス。
昨夜の「聖夜」は、それこそ躯が動かなくなる程激しく「夫」に愛された躯だ。
一緒に食事に出掛けて、酒を飲んで、砕け散りそうなくらい強く、激しく情熱的に愛をぶつけてくる夫。
その力強さとその奥にある優しさが、仁王は好きだった。
今夜はその夫である千歳は、漁師仲間との飲み会に出掛けてしまっている。
何しろ海の男であるからか、酒の方も「海量」だ。恐らく今夜は戻って来ないだろう。
独りで寝ていても寂しさなどない。何しろ一日ぐうたらしていても躯の怠さは抜けないのだから。
けれど…。
その時、仁王の脳裏に千歳とは全く正反対の男の姿が浮かんだ。
「違う…！」
慌てて仁王は大声を出し、その映像を消そうとした。
優しく、物腰柔らかく紳士的でいながら、意地の悪いその男。
仁王にしつこく付きまとう男の名を柳生比呂士という。
「なしてあげん男…」
ぶつぶつ言いながら、仁王は千歳に抱かれた夜だけを思い出そうと眠りに就いた。

仁王はダブルベッドの壁際に眠る。
千歳がいる時は、そっと背後から腕を回して抱き締めてくれるのだ。
間違っても仁王がベッドから落ちないようにと。
尤も、千歳が必要以上にくっつきたがって、逆に仁王が壁と千歳の間で押し潰されることの方がずっと多い。
そんな時、遠慮無く仁王は千歳をベッドの下に蹴り出す。
「まさ〜、機嫌直してや〜」
などと言いながら、再び抱き締められるのが、好きだった。
だから、仁王の背中はいつも空けてある。何時千歳が戻ってきてもいいように。
夜半。
すっと背後から仁王の躯に回された暖かい腕。
「ん・・・、ちぃ…」
夢現のままゴロリと寝返りを打って、仁王はそこにいるであろう夫に抱き付いた。
「残念ながら、私はサンタですよ。旦那様でなくて」
「えっ・・・？」
夢心地が一気に醒める。
良く知っている、けれどここにいる筈のない男の、甘く優しい声。
「なっ…！　きさん…！」
驚きより怒りより何より。仁王は唖然として二の句が継げなかった。
「一日遅れてしまいましたが、メリー・クリスマス。仁王くん」
そう言ってにっこりと微笑みを浮かべるのは、あの傍若無人なセールスマンには違いなかったが、それは一体何という珍妙な格好なのだろう。
柔らかい栗色の髪は綺麗に七三に分けられているし、後頭部の一房だけは何故かぴょこりと跳ね上がっているのもいつもの通りだ。表情を読ませない分厚いレンズのメガネ、端整な面立ち。
それは、間違いなく柳生比呂士であったが。
「何ね、きさん…」
漸く言葉を絞り出した仁王は、怒っていいものやら吹き出していいものやら、見当もつかなかった。
男は、まるで不似合いな真っ赤な服を着ていた。
赤い天鵞絨に白い毛皮で縁取りを施したそれは、今の時期街角で良く見かけるサンタに違いないのだが、余りにも不釣り合いで不似合いだった。
茫然としてただ柳生を見るだけの仁王に、柳生は更に優しく微笑みかけた。
「どうしたんですか、仁王くん。貴方のサンタですよ」
その言葉、余りにも柳生には似合わない。
「…！　それより、きさん、どうやって入った…！」
そこでやっと仁王は、先ず聞かなければならないことを思いだした。そうだ、戸締まりは厳重にしてある筈だった。
「おやおや、何を今更。私には鍵など役には立ちませんよ」
男はさも当然と言わんばかりの笑顔で答えた。
「…俺の、鍵…勝手に作ったんか！」
「私達二人の間を妨げる無粋な扉など、不要でしょう？」
柳生は笑いながら仁王の髪に手を伸ばした。
「触んな！」
其の手をぴしりと仁王ははね除けた。
「つれない事ですね。旦那様が戻ってらしたら、私などどうでも良いと？」
「ようわかっちょるのぅ」
せせら笑うように仁王に言われたのに、柳生には傷ついた様子など微塵もなかった。そんな言葉も強がりにしか聞こえないのだろう。
「ふふ…。昨夜ここで旦那様に愛されたから、ですか？　しかし、当の旦那様は貴方のように美しい奥様を置いて、今夜は飲みに行っていらっしゃる。薄情ですね」
「…昨夜は焼き肉食いに連れて行ってくれたんじゃもん。やけん、よか」
少し子供っぽく頬を膨らませて抗議する仁王を、愛おしそうに柳生は眺めやった。
「けれど、私ならば貴方を一人になどさせないものを」
熱っぽい目で仁王を見上げる、その眼差しは狂信者にも似て。
「要らん」
もうこれ以上付き合っていられない、と仁王はそっぽを向いた。
「あぁ、そうそう。貴方の可愛さに忘れるところでした。今夜の私は、貴方にプレゼントを持って来たサンタなのですよ」
「・・・ちゅうか、そん格好でここ来たとね？」
仁王は改めて柳生を見つめた。
その真っ赤な上下で深夜徘徊していたら−しかも、それが若くて面も良い男だったら−変質者にしか見えないであろう。
まして、そんな変質者もどきが自分の家に入るのを、万一誰かに見られでもしたら、この後どんな噂が巻き起こるか知れたものではない。
世間の噂など気にする仁王ではないが、変質者の知り合いがいると思われるのは嫌だった。
「まさか。ちゃんとコートを着てきましたよ」
それはそれでどうなのだろう。
「さ、仁王くん。私からの愛の籠もったプレゼントです」
用意してあった大きな白い袋から、意気揚々と柳生が取り出してベッドに並べだしたものは。
「商売道具やないか！」
「えぇ。貴方のために最高の道具を揃えましたよ。これで愉しんで下さいね」
それは、仁王と柳生を結びつける機縁となった、大人の玩具たちだった。
仁王が見た事も無いような物から、使用方法を想像して頬を赤らめてしまうようなものまで、種々雑多だ。他にもローションやら下着やらコスプレ用の衣装やら、兎に角ゴージャスに取り揃えてある。
「勿論私も愉しませて差し上げますが、貴方がこれで旦那様に悦ばされているのを想うだけで、私は…！」
苦しげな、それでいて恍惚とした表情で柳生は自分の胸を押さえた。
「変態！　帰り！」
こいつは実は案外マゾなのではないだろうか。ふと仁王の胸にそんな考えが浮かんだ。どちらにせよ、仁王に不倫を迫る相手である事は変わらないのだが。
「嫌ですよ。どうせ今夜は旦那様はお戻りではないのでしょう？　サンタさんから、取って置きのプレゼントです」
「嫌じゃ〜〜！」
叫べど藻掻けど、快楽に従順な躯は、やがて柳生のテクニックの前に陥落するのであった。

〜Ｅｎｄ〜

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メリー・クリスマス！（どこがだ）
すっげ久しぶりにセールスマンです！
サンタさんのカッコをした比呂士を想像して下さい。
そして、夜いきなりそんなのが
ベッドの上にいるのを想像して下さい(笑)
この後どうなるのかは、皆様の妄想で(笑)
久々なんで、感想希望です。
こんなんで、恋人達の夜に怒られないかしら…。