「幸せサンタ」

悪魔の棲む地。
この人も獣も通わぬ地に、今一人の麗人が住居していた。
否、正確には一人で、ではない。
『ねぇ、ママ、今年もサンタさん来る？』
ふにゃぁぁぁん…。
「そうだねぇ、来るといいな」
麗人の白い手が、そっと小さな子の黒髪を撫でた。
『サンタなんか来なくたって、俺がいるじゃねぇか』
『でも…ちゃんとお願いしたんだもん…』
しゅん、と項垂れる小さいテスタメント。
「大丈夫だよ、だから、早く風邪を治してしまうんだな」
テスタメントは、子供を抱き上げると、そっとベッドに寝かしつけた。
「さ、寝ようね。じゃあソル、ちゃんと見張ってるんだぞ」
『ん、分かった』
ちびソルはちょこんとベッドの脇の椅子に腰掛けた。
彼の大好きなちびテスは、昨日から熱を出してしまっていた。
「じゃあ、私は今夜の食事の支度をするから、いい子でお休み」
ぱたん、とドアを閉めてテスタメントは出ていった。
ちびソルの足下には、ちびテスを心配するように猫が二匹。
仲良しなみんなは、ちびテスが早く元気になるようにずっと付き添う決心だった。
「まったく、どうしちゃったんだろう、うちのサンタは…」
キッチンでは、夕食のローストチキンを仕込みながらテスタメントが呟いていた。

その頃のサンタ。
「てめぇ、しつけぇんだよっ！」
「あの人の邪魔をする奴は、みんなあたしがぶっ殺してやるよ！」
「あ〜、うざってぇ！」
去年の偽サンタと命の遣り取りの真っ最中だった。

その日はクリスマス・イブだけあって、豪華な夕食だった。
ローストチキンにケーキにシャンパン。
ポテトと野菜が主な食事であるここでは、珍しいくらいだ。
『ぱぱがいないと淋しい…』
しかし、ちびテスはちょっぴり不満そうだった。
「そのうち戻って来るさ。早く食べないと冷めてしまうぞ」
料理を取り分けながら、テスタメントは優しく微笑んだ。
内心、早く帰って来て欲しいのはちびテスと一緒だ。
だが、まさかここから数時間の場所で鬱陶しい戦いを繰り広げているとは
さすがにテスタメントも考えつかなかった。
和やかに食事が済み、ちびテスを寝かせる。
『まま、サンタさん、来ないね…』
ベッドの中から淋しそうな目を向けてくる。
その顔に、幼かった自分も義父にこのような目を向けていたのかと、
懐かしいような胸の痛い感慨が湧く。
「ちゃんとおねむしたら、来てくれるよ。お前はいい子だからね」
あやすように髪を撫でてやる。
『ほんと？　じゃあ、ちゃんと寝る。サンタさんにお手紙書いたから、読んでくれるかなぁ』
「あぁ、枕元に置いておきなさい。きっと読んでくれるよ」
ちびテスは枕元に可愛い封筒に入った手紙を置くと、目を閉じた。
「さぁ、みんな、寒いからそろそろ寝ようね」
『お休みなさ〜い』
にゃぁぅぅぅぅ。
子供と猫を寝かしつけると、テスタメントは居間に向かった。
「さてと、じゃあ少し編み物でもしようかな」
ドアの外を冷たい風が吹き抜けて行く。
雪でも降りそうな程に寒い夜だった。
暖炉の火が爆ぜる音だけが聞こえる、音のない世界。
「ソル・・・早く帰って来て…」
逢いたい。もう一日も離れていたくない。
こんな淋しい夜はそんな想いで胸が塞がれる。
仕事でも何でも、ずっとここにいてくれればそれだけで嬉しいのに。
思考が空回りを続け、いつの間にか眠気が忍び寄ってきていた。
そして、深更。
暖炉の前のソファーでうたた寝をしてしまっていたテスタメント。
「テス、帰ったぜ」
優しく肩を揺り起こされ、目を開ける。
「ソル・・・！」
「遅くなっちまったな。…こんなとこで寝たら風邪ひくぜ」
夢かと疑いたくなるくらい、唐突にそこに彼がいた。
冷えた躯を抱き締めると、ソルはテスタメントの耳元で囁いた。
「Merry X'mas,TESTAMENT」
「ソル、逢いたかった…」
重ねられる唇。交わされる吐息。
信じられない、とテスタメントは呟いた。
「すまねぇな、ちょっと厄介があってな。…ちびどもは？」
「もう寝てる。サンタさんが来ないって言ってたぞ」
苦笑して、ソルは立ち上がった。
今日だけは、何があっても帰って来たかったのだ。
二人はそっと子供達の部屋に行った。
それぞれの枕元に小さなプレゼントの包みを置く。
ちびテスの枕元からそっと手紙を取り上げると、二人は居間へ戻った。
「・・・ふぅん」
「何だ、何がお願いしてあるんだ？」
手紙を読みにやにやと笑い出したソルに、テスタメントは怪訝な目を向けた。
『サンタさんへ。プレゼントありがとうございます。私は幸せだから欲しい物はないです。
でも、ママが淋しそうだから、来年はママにパパをプレゼントして上げて下さい。
ママとパパがずっと一緒にいられますように』
子供の字で、そんな願いが書いてあった。
「俺がいねぇとそんなに淋しいのかよ」
「なっ…そんなこと…」
真っ赤になって言い訳するテスタメント。
子供達にまで寂しがっていることが知られていたのかと思うと、堪らなく恥ずかしい。
「もう、知らない…！」
ふい、とそっぽを向いてしまった。
「いいじゃねぇか、俺は…お前の傍にいてぇよ」
ゆっくりと二人は視線を絡ませた。
やがて、どちらからともなく唇を重ね合う。
しんしんと時だけが流れていく。
永遠を垣間見せる一瞬。
幸福と満足は、ただこの腕の中にだけあるのだと。
「愛している・・・」
囁く声は、どちらのものであったのか。
今年も幸せなクリスマスになりそうだった。

〜Ｅｎｄ〜

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ギリギリで間に合わなかったクリスマス小説。
ネタだしから書き上がりまで２時間ぐらい(笑)
久々の書き下ろし更新です(^^;;;;
皆様に少しでも幸せが届きますように。